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𝐷𝐴𝑌 𝟚𝟡 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟛𝟛 ⑨

 シーサンライズは知ってるどころかついさっきまでいた場所だ。今あのオンボロアパートに住んでいるのは礼しかいない。そこへ誰かを尋ねて行くならば誰に会いに行くかは決定的だろう。  『あ、そのアパートなら……この坂登って行けばすぐ左側にあります』  「そうですか。ありがとうございます」  『あのー…そのアパートに用事が?』  「ええ。そこに住んでいる知り合いを訪ねてきたんです」  チリンッと小さく鳴った自転車のベルの音に振り返り坂道の端っこに寄った二人。夏休み中の女子小学生二人組が坂道の真ん中を海岸に向かってスカートをなびかせながら、軽快に走り抜けていく。その女性の目は自転車を追いかけているが、麻比呂はマジマジと女性の横顔を見つめる。  "やはり礼の知り合いなんだ"と断定出来たは良いが、だとすると次に気になるのはどういう関係なのかと言う事。知り合いと言うのは浅い関係から深い関係まで範囲が広い上に特定しづらい。  「いい場所ですね須野(ここ)は。夏はあまり好きじゃないですけど好きになれそう。地元の方ですよね?」  『あ、はい』  「その知り合いが須野(ここ)の地元の人たちはみんな優しくて良い環境でしばらく居たいって言ってたので。実際来てみてほんとそうだなって」  礼がそんな発言をしたなんて少し驚いた。毎年場所は違えど似た様な海を見て肌に当たる風も太陽もきっと同じで、束の間の夏は仕事の責任や業務を果たす為に来たのだと。 毎年の事にいちいちそんな感情は薄れていると少なからず出会った時はそう感じた。  「あっ何か変な事喋ってすいません!ありがとうございましたっ」  そう言って大きめな鞄に揺らしながらアパートの方へ坂道を登って行った女性。少し辛そうにゆっくり登る後ろ姿は知らない土地で旅を楽しんでいる旅行者と言うより、愛しい人にやっと会えると喜ぶ乙女の様に見えた。  それはただ麻比呂の心のモヤモヤが勝手にそう変換してそう見えただけかもしれない。あなたは誰で何の用ですか?なんて聞く図太さなければ何も気にしないで御座なりにもできない。  『ただの友達って言う訳じゃ、、ないよな』  ペタペタと汗とサンダルが張り付く音をさせながらようやく店に戻った麻比呂。店の張り紙が消えて"OPEN"のプレートに変わっていた。何とか営業できる状態にはなった様だ。 中に入ると客はまだいなくて厨房で水が強く流れる音がするから仕込み中だろう。麻比呂はしばらくお説教タイムがあって、その後罰として1日中コキ使われる未来が頭に浮かんで覚悟した。  『……戻った』  「麻比呂っ!どうだった!?」  『えっ?どうって、、何が?」  母親が深刻な顔で厨房から出てきた。麻比呂の想像した鬼の形相はなく、焦り口調に説教の文句でもない。  「東くん決まってるでしょ!だって今、東くんとこに行ってきたんでしょ?高瀬さんがそう言ってたわよ」  『あずー…ま、、あ、うん。そうだよ』   「パパと信じられないねって話してたんだけど、どんな様子だった?」  『どんな……あーまあ、大丈夫そう』  「そう。それならいいんだけどこんなこと初めてだから驚いた」  『だよね、俺も』  何とか話を合わせてさっきまで東と会っていたということで誤魔化せた。勝手に勘違いして店を飛び出した行き先が礼の元だとは気付かれないでとりあえず安心した。 説教されるのはいいが礼と親密になっている事を知られるは一番嫌だった。  「おーい。二人ともこっち来て手伝ってくれ。深い話は後だ、お客さん来るぞ」    父親も忙しく手を動かし作業しながら会話を聞いていた。今はとにかくお店の営業を通常通りきちんと行うことが先決。店内には扇風機や小型のスポットクーラーが何台も等間隔に置かれ、店内は何とか涼しさが保たれていた。  『分かった』 そう言って麻比呂と母親は厨房へ入っていった。  東が謹慎状態になっても、もし礼にパートナーが居たとしても自分はこれからもお店で料理を作って接客をして、空いた時間に海へ出て波に乗る。  きっとこれからもそんな人生が続くしそれでいいんだから。そう考えるようにすればモヤモヤした感情を少し拭えるかと父親の野菜を切る姿を見た。その姿にさっきまでフルーツを切っていた礼を重ねながら。

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