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𝐷𝐴𝑌 𝟚𝟡 ⇨ 𝐷𝐴𝑌 𝟛𝟛 ⑩

 麻比呂が出て行った部屋で礼は空っぽになった二人分の食器を重ねてキッチンのシンクに置いた。茹でたお湯がまだ入ったままの鍋とまな板や包丁もそのままの状態。  思えば自宅で誰かとご飯を食べる事すら、いつぶりだろうと思い返すほどだった。こんな放浪の生活になるまでは家事なんて全くする事はなかった。そこから比べれば大した成長だ。  古びた窓から見える須野の海にもくもくと綿飴(わたあめ)のような入道雲が広がってつい職業病のせいか、仕事用パソコンを開きすぐに天気の動向を調べた。  「雨は降らなそうだな」  画面には雲量はもちろん細かい風速や水温など海岸にいくつも設置した機械の全てのデータが確認できる特別仕様。休みの日でも空を見ては何げなくチェックしてしまう。 それに明日は大切な日で余計に気になり開いて調べてしまう。  "7月26日の須野の天気は晴れ降水確率0%"  画面を切り替えて毎日日課の仕事のメールをチェックする。今日みたいな休みの日でも受信ボックスには気づけばメールが溜まっていて目を通す。 須野(ここ)での事は全て報告する義務になっていて、もちろん先日の小学生達の件は協会本部に報告済みだ。  ただその後の東の件はまだ伝えていない。 新規メール作成の画面を開いたが手が止まった。長くライフセーバーの仕事をしているがこんな報告は初めての事で何と書けばいいのか迷った。SNSで動画が流れていると言う事は本部側もこの一件を目にも耳にもしている可能性は高い。  「何て書けば、、」  溜め息混じりで真っ白な画面をじっと見つめていると、静かな部屋に外階段を上がる音が聞こえてドアの方へ目を向ける。そしてドア横の遠の昔に壊れて鳴らなくなった形だけの、インターホンなんて今時の呼び方なんて出来ない呼び鈴と言うとしっくりくるボタンをカチカチと寂しくスカしている音がしている。  この家に住んでいるのを知っている人物は限られているし、この立て壊し間近のボロアパートの呼び鈴を押す須野の人間はいない。 時計を見るとこの後のある人との約束時間よりだいぶ早いけれどもしかして?それしか考えられない礼はゆっくり近づいてドア開けた。  「佑香ちゃん」  「礼さん、久しぶり」  「どうしたの?随分と早く。あっいや全然いいんだけど。到着したら駅まで迎えに行くって言ったのに」  「それがね、仕事思ったより早く終われて約束時間までどうしようかと思ったけどそのまま早い電車乗って来ちゃった。留守だったらどうしようと思ったけど居てよかった」  佑香と言う名の女性はお互い呼び捨てにはしないが、かなり親しい関係なのは見て分かる。佑香が手にした重そうなボストンバッグを礼は軽々とひょいと取るとドアを大きく開けた。  「今年もわざわざ遠くまでありがとう。見ての通りこんな家だけど暑いしとりあえず中どうぞ」

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