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その2※
といってこちらから色々と手を回すまでもなく。
二週間後の大雨の夜、ゴリラはうちへやってきた。何でも本日二十二時に隣県まで迫り来ると予報されている台風のせいで電車が計画運休しており、家に帰れないもんだからと車通勤の瀬津に泊めてもらうことにしたというのだ。
明らかに計算尽くだ。
だって電車の運休は昨日の時点で確定事項になっていたし、また近隣にビジネスホテルだのが豊富な中でうちを選んだのもおかしい。
玄関に現れた彼は、瀬津より頭半分高い上背にワイシャツの上からでも分かる筋肉の持ち主だった。ワイルドな顔立ちも人目を引く。まさしく『雄』といった感じ。昨今の潮流とはややズレた顔立ちだがこれはこれで引く手数多だろう。
「ふう……いやすみませんね、転がり込んじまって」
「……いえ」
リビングルームに上がると、ソファにどっかり腰を下ろして濁声混じりの嘆息をつく。自分の家だと思ってないか? と、思う。
思いつつもお茶だけは出しておく。
「どうぞ」
「ああ、こりゃどうも。……にしても綺麗な家だなあ。俺んとことは大違いだ」
俺からさっと視線を逸らして瀬津を見るゴリラ。スーツのジャケットだけ置いてきた瀬津は、その言葉に呆れ顔で返した。
「先輩の家が汚過ぎるんです」
「そうか? 一人暮らしの男の家なんざあんなもんだろ」
「いいえ。俺だって結婚前は一人でしたけど、あんなに汚くしたことはありません」
「そりゃあお前はなあ」
今度はゴリラが呆れた顔。今ばかりは彼に同意だった。瀬津って男はかなりの綺麗好き且つ家具好きで、とにかくこだわりが強い。今二人が座っているソファもその他の家具も、彼がまる一年掛けて選び抜いたものだ。お陰様で、三十階建てマンション一五〇一室の尾崎家は「生活感が妙に薄い」と評判である。
……もちろんゴリラをもてなす為に整えたのではないから、できればさっさと寝ていただいて、朝一番にお帰りいただきたい。俺はそそくさと浴室に入って湯を追い焚きし、気持ち熱めにしてからもう一度リビングを覗いた。
「あの、お風呂先にどうぞ」
「どうもすみません。……よしっ、尾崎。一緒に入るぞ」
「は?」と声が漏れた。が、ゴリラは聞こえなかったのか聞き流したのか反応は無く、瀬津は顰めっ面で「嫌です」と即答するも、
「うちの風呂狭いので。先輩お一人でどうぞ」
「つれねえこと言うなよ。裸の付き合いも大事なんだぜ? ほら、先輩命令だ。来い」
「……わかりました。行きますから、引っ張らないでください」
すぐに流されてゴリラと共に脱衣室へ。
「瀬津、」
「ああ、久人。悪いが先輩の分の着替えを見繕っておいてくれないか。俺ので一番大きいTシャツなら、多分入ると思うから」
それって下着もか。
「下着も頼む」
顔が盛大に引き攣ったが、瀬津は気付いた風もなく。ゴリラの後をついて扉の向こうに消えていった。
もう駄目だ。
などと諦めてはいけない。
「……瀬津を、守らねえと」
浴室に二人きりなど相当に不味い状況なのは確かだが、それでもまだ事は起きていないのだ。俺は一先ず言われた通りに服を用意すべくクローゼットへ──
「うおっ、お前乳輪すげえな」
扉の向こうから聞こえるゴリラの声に、向かう足が竦んだ。
脱衣室とダイニングを隔てるその一枚は、窓にブラインド加工がされてあるからどんなに覗いても身体のフォルムしか分からない。それでも二つ並んでいる肌色のうち大きい方が小さい方の胸を触っているのはよく見えた。
「そうですか? 別に普通だと思いますが……」
「いやめったにないって、こんなん」
先日の飲み会でも騒がれていたし、こないだ浴室でヤッた時もそうだ。
確かに瀬津の胸……の飾りは飾りのくせに存在感がある。いわゆるパフィーニップルというやつで、ぽってりしているし妙に艶めいているし、乳首も立ちやすい。そのくせ本人には自覚が無く、ジムだって俺が言わなきゃニップレスも付けようとしなかった。
そうとも、瀬津は気づいていない。
「柔らけえ……」
「もう良いですか」
俺にはブラインド越しにも手に取るように分かる。今、ゴリラは瀬津の乳輪の軟さを指で堪能している。親指で膨らみを撫で、ぷにぷにと圧し、
「待てよ。乳首も見とかねえと」
頂点へ滑らせて細かくタップする。どのくらいで立つか確認するつもりなのだ。
「うわ、すぐ立った。エッロ……」
「……先輩」
「でも感度はねえのな。それはそれでエロいわ」
乳輪をぽってりさせて乳首もピンと立たせて、それでいて済まし顔の後輩。そりゃあゴリラから見ればエロいだろう。俺だってちょっとエロいなと思った。クールな面でぐちゃぐちゃにして欲しいと被虐心が芽生えもする。
「さて、入るか。おっ、ケツぷりぷりさせてどうした? 誘ってんのか?」
「そんなわけないでしょう……」
「ここは小せえよな。キュッとしててさ」
守らねば。
尾崎瀬津という、胸がムッチリで乳輪がぽってりでケツがキュッと上向いた危機感ゼロの男を。
俺のなんだから。
俺は今度こそ決意を固め、鋼の意志で脱衣室から寝室へ走った。クローゼットから服を取り出す。俺のをだ。Tシャツとハーフパンツは一番でかいサイズなら俺の物でも事足りるし、下着は新品のものを開けて、そのままくれてやればいい。
一式用意して脱衣室へ向かい、棚にぶち込んでひと息。
浴室をちらりと一瞥して、
「よし、次は俺が洗ってやるよ」
「すみません」
「いいって。ほら、膝乗れ」
「膝?」
「その方が前洗いやすいだろ? ほら」
「はあ……分かりました。重たくないですか?」
「大丈夫だって、俺からしたらお前なんかお姫様みたいなもんだよ」
叫ぶ、のは何とか耐えた。
「おぉ……ナマ乳やべぇ〜」
「ちゃんとスポンジを使ってください」
瀬津の胸がボディーソープを纏った手にむにゅむにゅ揉みほぐされている。
「俺は素手派なんだよ……っと、こっちもちゃんと洗っとこうなぁ」
「ん……」
乳輪ごと乳首を摘まれている。
「で、後はここの段差も……おおっ、これパイズリできんじゃねえか?」
「……馬鹿を言わないでください」
スペンス乳腺から掬い上げられ、谷間を作ったり揺らされたりして遊ばれる。
「じゃあ、そろそろ下行くか。よし、立って俺の腕に跨がれ」
ソープじゃねえんだぞ。
「……ソープじゃないんですから、お断りします」
良かった、流石の瀬津もそれくらいの常識はあった。俺は無意識のうちに掴んでいたらしいノブから手を離し、一息ついた。
途端の出来事だった。
「何だよ、つれない奴だな──とっ、うお!」
「っな、」
ゴリラが体勢を崩したのか、それとも瀬津の方か。人体が倒れ込む音、バスチェアがタイルに横倒しになる音がして、俺は一も二もなく戸を開ける。
「瀬津──」
二の句は告げなかった。
まずゴリラの頭頂部がこっちを向いていた。その胸の上に瀬津の尻が、キュッと引き締まった上向きの尻があった。その尻たぶをゴリラの手が鷲掴み、窄まりを顕わにしていたのだ。
そして瀬津の口元にはゴリラの半勃ち。今に唇を割って入ろうと赤黒い亀頭が口端に押し付けられている。
要するに、浴室の中で二人のαがシックスナインそのものの体勢を取っていた、というわけ。
ショッキングだ。
瀬津の菊紋がひくついているのが何だかいやらしい。
「……何ヒクヒクさせてんだよ」
それを特等席で拝んでいたゴリラが第一に口を開く。実に嘲笑めいた、それでいて多分に欲情を滲ませた声音だった。おまけに尻肉を右に左に揉み始め、くぱくぱと開かせ閉ざさせする。
「やめろ!」
「ぐえっ」
そこでようやく俺は動いた。ゴリラに三角絞めを仕掛けて「瀬津!」と呼ぶ。これで彼も我を取り戻し、逃げ出せる筈──
「せ、つ?」
なのに振り返った彼の顔は、上気しきって息も荒くて、瞳も潤んでだらしなく笑む。
「……もっとみてくれ、もっと、もっと♡」
尻を左右にふりふり揺らして、まさに発情しきったΩだ。
「ケツ穴見られただけで即オチかよ。チョロ過ぎだろ」
俺の腕からするりとゴリラが抜け出す。瀬津の尻をペチペチと叩いて退かす。そうして自身は椅子に座り直すと、
「まず、奥さんは出てってもらいましょうか。で、尾崎は立って後ろ向け」
「何で、」
「何でもクソも……あんたの旦那のケツを俺専用のオナホに作り替える為、って感じか? まあとにかくそんな感じなんで。あ、不貞の慰謝料はちゃんと色つけて払うんで、そこんとこは御心配無く」
こっちを馬鹿にした、金さえ払えば良いんだろとでも言いたげな物言い。殴りたい。手を出した方が圧倒的に不利なこの時代にあって猶この勝ち誇った顔を変形するまで殴りたい。けれど。
「んっ♡」
肝心の瀬津がすっかりその気になっているのだ。浴室の縁に両手をつき、尻を突き出している。
ここでゴリラを殴ったとして、それが一体誰の為になるのか。大人しく引き下がるしかなかった。
震える足を無理にでも動かし、俺は浴室を出た。
眼の前でゆっくりと扉が閉ざされていく。瀬津の姿が小さくなっていく。俺はずっと目を離さなかったが、彼は俺を振り返らなかった。
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