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戸惑い
「そう思ってくれていたなんて嬉しいな」
しみじみ言われると、なんだかすごく照れてしまう。
「あ、あの……スーツのままも疲れるでしょうから、着替えますか? それともそのままお風呂に入りますか?」
「ああ、そうだな。まずは家主の宇佐美くんが入っておいで」
「そんな……っ、こういう時はお客さまからですよ」
「いいから、入っておいで。その間に食事を作っておくから」
「えっ? 食事? そんなっ、来て早々申し訳ないですよ。そもそも食材もないですし、適当にデリバリーを頼んでも……」
「食材なら心配いらないよ。必要なものはここに届くように手配しておいたからもうそろそろ届くはずだ」
「えっ……」
僕が驚くのと同時に玄関のチャイムが鳴った。
「ああ、ちょうど来たみたいだな。私が対応しておくから、宇佐美くんはお風呂に入っておいで」
「あ、あの……」
「ほら、ほら」
抵抗する間もなく、僕はお風呂場に追いやられ誉さんはいそいそと玄関へ向かった。
わざわざ日本から来て疲れているだろうに……。
申し訳ない気もするけれどここまで言ってくれてるからここは受けるべきなのかな。
さっとお風呂に入って交代したらいいか。
そんなことを考えている間に、誉さんがお湯のボタンを押していてくれたのかすっかり湯が溜まっていた。
今朝のうちに着替えを用意しておいて正解だったな。
入浴剤はやっぱりコレかな、あのラベンダーの香り。
誉さんちのと同じなら、こっちでもリラックスしてもらえるかも。
ウキウキしながら浴槽に入浴剤をいれ、ささっと髪と身体を洗い、湯に浸かった。
ふぅーーっ。
やっぱりこれ、ホッとする。
大切にしてきたけど、今日のコレが最後の一つ。
ああ、なんか寂しくなっちゃうな。
たっぷりとラベンダーの香りが身体に染み渡ったところで、お風呂を出て急いで着替えた。
ふふっ。パジャマにもラベンダーの香りがついていい感じ。
お風呂場の扉を開けた途端、醤油のいい香りが漂ってくる。
僕の家でこんないい匂いがするなんて初めてかも。
「誉さん、すごくいい匂いですね」
「ああ、お風呂からでてき――っ!! う、宇佐美くん、髪乾かしてないのか?」
「あっ、早く交代しなきゃって思ってたんでつい……」
「風邪をひくといけないから、早くこっちにおいで」
「わっ」
さっと手を繋がれて、イルカのいるソファーに連れて行かれる。
「ここに座って」
先にソファーに座った誉さんの足の間を指さされて、下の絨毯に腰を下ろした。
誉さんはソファーの横のカゴに入れていたドライヤーをとり、慣れた手つきで僕の髪を乾かし始めた。
すごく上手だな。
ああ、もしかしたら子どもの時から上田の髪も乾かしてあげているのかも。
お兄ちゃんっていいな。
あまりにも乾かし方が上手で眠ってしまいそうになっていると、誉さんが僕の耳元で声をかけてくれた。
「ふふっ。眠そうになってるな。気持ちがいい?」
「はい。とっても。誉さん、乾かすの上手ですね。上田の髪もこうやって乾かしてあげてたんですか?」
「紘の? いや、それはないな」
「えっ? そうなんですか?」
「ああ、宇佐美くんは、前にビデオ通話で髪を乾かしているのを見てやってあげたいと思っていたけどね」
「えっ? どうしてですか?」
「髪が柔らかそうで気持ちよさそうだなと思ってたから。でも想像以上だったな。宇佐美くんの髪、本当に気持ちがいい。まるでシルクみたいだな」
うっとりとした声を聞きながら、誉さんの指が僕の髪を滑っていく感触だけでドキドキが止まらなくなってくる。
「さぁ、乾いたぞ」
「あ、ありがとうございます」
スッと僕の後ろから誉さんが離れて、一気に誉さんの温もりがなくなって寂しくなる。
さっきから一体なんなんだろう……この気持ち。
「宇佐美くん、こっちに来てくれないか?」
髪を乾かしてもらっていた余韻に浸っていると、キッチンから誉さんの声が飛んできた。
「あ、はい」
急いでキッチンに向かうと、
「これ、どうかな? 味見してくれないか?」
と菜箸に挟んだ少し大きめのジャガイモを差し出される。
「えっ、んんっ……はふっ、はふっ」
突然のことに驚きつつも、アーンと口を開けるとホクホクのジャガイモが口の中に入ってきた。
中まで味が染み込んだジャガイモはびっくりするほど美味しい。
「んーひぃ」
「ふふっ。美味しいって言ったのかな?」
うん、うんと頷くと誉さんは嬉しそうに、
「じゃあ、完成だな」
と料理をお皿に盛り付け始めた。
さっき僕が味見したのは肉じゃがのお芋だったみたいだ。
手作りの肉じゃがなんていつぶりだろう……。
炊き立てのご飯と久しぶりの温かな味噌汁。
おかずは焼き魚と肉じゃが。
それに浅漬けまで。
「これ、今全部作ったんですか?」
「ああ、これは簡単だから、これくらいの時間があればすぐできるよ」
「えーっ、凄すぎます……」
「ふふっ。宇佐美くんに褒められるとやる気が出るな」
「いや、ほんとすごいですよ。僕だったら、ご飯炊いて終わりかも……」
「ははっ。私がここにいる間は美味しい食事を作るから、楽しみにしててくれ」
誉さんのその笑顔にドキドキしている自分がいて、僕はまた自分の気持ちに戸惑ってしまっていた。
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