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二人の約束
「さぁ、どうぞ召し上がれ」
「いただきます!」
誉さんが頼んでくれたお弁当もすごく美味しかったけれど、やっぱり炊き立てほかほかのご飯と出来立ての料理の魅力には抗えない。
まずはやっぱり味噌汁。
「あーっ、美味しいです」
この間食べたのと同じ、出汁の味が効いた味噌汁。
本当にこれ、大好きだな。
「ふふっ。この前食べた時、味噌汁をずいぶん気に入ってくれていたみたいだから、出汁を日本から用意してきたんだよ」
「えっ、わざわざ日本から? ありがとうございます」
「宇佐美くんが喜んでくれるから作り甲斐があるんだ」
「こんなに美味しい料理、上田にもよく作ってあげてるんですか?」
料理上手なお兄さんがいるなんて本当に羨ましい。
「昔、ご飯を食べさせてくれと何度か言ってきたことはあるが、あいつは何も言わずただ黙々と食べ続けるだけだから張り合いがないんだ。最近は恋人に作ってもらってるみたいだから、私のところには来ないな」
「ああ、そういえば、この間も彼女がいるみたいな話してましたもんね。でも、誉さんみたいなお兄さんがいたら、自慢だろうな」
「ははっ。そんなことを言ってくれるのは宇佐美くんくらいだよ。紘には鬱陶しがられていると思うよ。料理も一人だとあんまり凝ったものは作らなくなるから、宇佐美くんが食べてくれると腕が落ちなくて助かるよ」
「そうなんですか? 僕でよかったらいつでも食べたいです。僕、料理が面倒すぎて、わざわざ作るくらいなら食べなくてもいいかなと思っちゃうんで、いつもお腹空かせてますよ」
「私がここにいる間の食事は任せてくれ。久しぶりに腕がなるな」
こんなにも張り切ってもらえるなんて思ってなかったな。
でも、誉さんって……本当、料理作るの好きなんだな。
ここにいてくれる間、誉さんの料理が食べられるなんて楽しみすぎる。
あっという間に美味しい夕食を平らげて、お腹いっぱいになった。
「本当に美味しかったです。ごちそうさまです。片付けするので、誉さんはその間にお風呂に入ってきてください」
「いや、一人で片付けなんてさせられないよ」
「僕、料理は苦手ですけど食器を洗うのは昔から得意なんです。だから任せてください」
「だが――」
「それに、食器洗いと誉さんのお風呂が一緒に終わったら、あとは誉さんとゆっくり過ごせるでしょう?」
「――っ!! わ、わかった。じゃあ、片付けは任せよう」
「はーい。どうごゆっくり」
笑顔で送り出すと、誉さんはキャリーケースから着替えを取り出してお風呂場に向かった。
ああ、本当に美味しかったな。
あんな短時間にこんな美味しい料理作れるなんて天才だよ、本当。
美味しかった食事を思い出しながら、食器を洗っているといつの間にか終わっていた。
ふふっ。これも誉さん効果かな。
タオルで濡れた手を拭いていると、お風呂場からシャワーの音が聞こえる。
まだもう少しかかりそうかな。
僕はリビングに戻り、ソファーの上でここの主のようになっているイルカを抱き上げ、代わりにソファーに横たわった。
「わっ」
イルカからふわりと誉さんの匂いが漂ってくる。
そういえばさっき抱っこしてたっけ。
その時に、匂いがついたんだろう。
「お前ばっかりずるいぞ。誉さんに抱きしめられたりして」
イルカの嘴をツンとつっつきながら戯れていると突然声が降ってきた。
「じゃあ、宇佐美くんも抱きしめようか?」
「わぁっ!!」
急いで飛び起きると、すぐそこに誉さんがいた。
「あ、あの……今の……き、いて……」
「ふふっ。聞こえてたよ。宇佐美くん、よくイルカと喋るの?」
「えっ? いや、あの……一人暮らしが長いとつい……」
「そうか。可愛いところを見てしまったな」
そう言われて一気に顔が赤くなってしまう。
冗談だったんだけど……恥ずかしいな。
何もいえずにいると、
「ごめん、ごめん。揶揄いすぎたな。髪を乾かすからドライヤー借りてもいい?」
と話を変えてくれた。
「あの、さっきのお礼に僕が乾かしますよ」
「えっ、だが……」
「ほら、こっちに来てください」
さっきと同じように今度は僕がソファーに座って、足元を示すと誉さんは戸惑いながらも下に座ってくれた。
「じゃあ、始めますね」
「宇佐美くんのと違って硬くて無骨な髪だと思うが……」
「僕、人の髪を乾かすの初めてですけど……誉さんの、すごく好きですよ」
「――っ、そ、そうか。ならよかった」
髪がどんどんサラサラになっていく。
少しクセのある僕の髪とは全然違うな。
ずっと触っていたいくらい気持ちがいい。
あっ、耳の後ろにホクロがある。
きっと誉さんも知らないだろうな。
僕だけが知ってるんだ……。
なんか嬉しいって思ってしまうのはどうしてだろうな。
永遠に触れていたい気になるけれど、そろそろ終わらなきゃ。
ドライヤーを止めると
「ありがとう。宇佐美くんも上手だね。明日からも頼むよ」
と言われた。
「じゃあ、交代でしましょうか」
「ああ、そうだな。一人でやるよりずいぶんと効率がいい。約束だぞ」
そういながら、にっこりと立ち上がった誉さんはキャリーケースに近づき中から小さな袋を取り出した。
「それ、なんですか?」
「宇佐美くんと飲もうと思って、気に入っているコーヒーを持ってきたんだ。少し話があるから、その前にコーヒーを淹れよう」
もうすっかりキッチンの場所を把握したようで、電気ケトルでお湯を沸かし始めた。
話って……やっぱりアレ のことだよね。
話が難航してるとかだったらどうしよう……。
なんか気が滅入ってきたな。
ふぅーーっ。
誉さんに気づかれないように心の中でため息を吐くと、何を言われてもいいように心を落ち着けた。
「さぁ、どうぞ」
いい香りのするコーヒーを渡され、一気に気持ちが浮上する。
「いい匂いがしますね」
「ああ、友人がバリスタでね。いつも私好みの美味しいコーヒーを分けてもらってるんだ」
「そうなんですね。ほんと、すごく美味しいです」
「宇佐美くんが気に入ってくれたって、友人にお礼を言っておくよ。日本に帰ったらそのカフェに一緒に行かないか?」
「えっ、連れて行ってもらえるんですか? もちろん行きたいです!」
「ふふっ。じゃあ、約束だな」
「はい」
二人の約束がまたひとつ出来た。
それがとても嬉しかったんだ。
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