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速水省吾

 目が覚めた時、青かったはずの空は橙色に染まりつつあった。一体いつの間に眠ってしまっていたのか、省吾は固まった身体を伸ばしながら考える。  昼休みはいつも屋上で過ごしていた。本来生徒は立ち入り禁止だが、鍵の調子が悪いのか出入りは容易だった。今では見かけることも少なくなった給水塔と、なにやら電子パネルが納められた四角い建物の裏側は屋上への出入り口から完全に死角となっており、授業以外の時間のほとんどを省吾はそこで明かしている。  今日もいつもと同じように、前日の夜に買った値引きパンをここで齧っていた。なんとなくモヤモヤした気分が晴れなかったのは錦と話し、教室の空気を悪くしてしまったからだろうか。少し休むつもりで横になり、そのまま寝入ってしまったらしい。  省吾は高校二年になるが、歳はクラスメイトより一つ上の十八だった。正直あまり褒められたものではない中学生活を送ってから、最初に入学した高校で大きな問題を起こした。責任を取って高校を辞めることになり、それだけでも親不孝だというのにその後、傷害事件も起こしてしまった。省吾だけが悪い事件ではなかったが、日頃の生活態度や入ったばかりの高校での問題など、省吾を責める声は大きかった。庇ってくれる者もおらず、省吾自身も弁解はしなかった。したところで無意味だとひねた態度を取り続けているうちに、反省の色が見られないと少年院に送られることが決まった。一年近くを少年院で過ごし、省吾の母親がほうぼうに頭を下げ、なんとか受け入れ先として見つけたのがこの学校だ。  正直、高校なんてもう通うつもりはなかった。人付き合いは苦手だったし、何もしなくてもトラブルはいつも向こうから舞い込んでくる。恐らく三白眼が原因だろうが、普通にしているだけで睨まれたと因縁を付けられることが多い。それが嫌で前髪を伸ばしたが、それが余計に凄みがかって見えているようにも思えた。  また面倒を起こしてしまう前に、頃合いをみて学校を辞めよう。省吾はそう思っていた。だが母親が泣きながら学校関係者ひとりひとりに頭を下げているのを見て、考えが変わった。 自分の行いが母を泣かせている。それは省吾の胸を大いに痛めた。自分の唯一の味方であり、大切だと思っていた母を、自分が苦しめている。そのことにようやく気付き、省吾は初めて自分のこれまでの行いを恥じ、後悔した。  迷惑をかけた随所に謝罪へ回り、省吾はこれから真面目に生きていくと心に誓った。そのかいもあってか、二度目の高校生活で大きなトラブルはなにも起こしていない。  だがトラブルこそないものの、青春映画にあるような楽しい学生生活とは乖離した生活だ。省吾が少年院に送られたことは秘密にされていたが、噂とはどこから流れてくるのか分からないもので、それはあっという間に広まってしまった。元よりトラブルを避けるため、できるだけ人と関わることは避けようと思っていたが、そんなことをしなくとも周囲が省吾を遠ざけた。噂には尾ひれがつき、実際にやっていないことまで話が広まり、何もしていないにも関わらず、省吾はここでも問題児扱いだ。  いざというときに省吾を抑え込める、若くて体格の良い男性というだけで担任を任された錦はさぞ迷惑だっただろう。どうなることかと思ったと錦は言っていたが、それも当然だ。 「昼からの授業、さぼっちまったな」  授業内容はどうでもいいが、さぼってしまったことでまた問題児扱いされてしまう。他人に迷惑をかけていないが、こうした積み重ねが省吾の立場をどんどん悪くしてしまうのだ。  錦から小言を言われてしまうだろうか。明日から学校に来るのが面倒だなと思ってしまう。  大人ならこういうとき、どうやって乗り越えていくのだろう。気持ちの切り替えがうまくできないのは、自分がまだ子供だからだろうか。 さっさと帰ろうと、辺りに散らばったパンの袋をかき集めているその時だった。

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