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本性

「……へぇ」  錦がスッと目を側める。余裕のある表情を浮かべながらも、目が笑っていなかった。 「一つ聞くが、俺のどこが淫行教師なんだ?」 「それはっ……」 「抱き着かれたこと? キスしたことか? 残念だがどちらも俺からじゃない。むしろ俺は被害者の立場だろ。同意なく唇を奪われて、それで淫行教師扱いとはあんまりじゃないか」 「なにが被害者だ。キスされたことなんてどうも思ってないくせに。好きだと言ったあいつの気持ちをないがしろにするあんたは、最低な淫行教師だよ」 「ないがしろ、ね。それじゃお前は、俺があいつの告白を真っ向から否定して傷付けたら満足というわけだ。残酷だな」 「そんなこと言ってねぇよ……!」 「言っているだろ。お前が言っているのはそういうことだ。俺が告白を受け入れなきゃ相手を傷付けた酷い男で、受け入れりゃ淫行教師扱い。大人ってのは辛いね。ガキの気まぐれでどちらにしても加害者扱いだ」 「ガキのきまぐれ……」 「実際そうだろ。ガキの恋愛なんて一時の気の迷いがほとんどだ。好きだのなんだの言ったって、どうせ三か月もすれば忘れているさ。そんなもんでこっちは下手すりゃ首が飛ぶんだからフェアじゃないよな、ほんと」  省吾はなにも言い返せない。実際にもし何かあったとき、責任を負わされるのは大人である錦だ。だが子供とはいえ一人の人間が決死の思いで打ち明けた気持ちを軽視する発言が、省吾にはどうしても許せない。  何も言い返せないのも癪に障る。脅すつもりはなかったが、省吾は禁じ手を抜いた。 「そうだな。俺が今日のことを他の奴に話したら、あんた大変なことになるんだよな」 「なんだ、チクるつもりか?」  もっと怯むかと思ったのに、怯むどころか錦は意地の悪い笑みを浮かべている。 「いいぜ、誰かに話してみろよ。それで現実を思い知るんだな、クソガキ」 「なんだと……!」 「お前とは積み上げてきたものが違うんだよ。生徒からも保護者からも信頼の厚い俺と、少年院上がりの問題児であるお前。世間はどっちの言葉を信じると思う?」 「それ、は……」  省吾は言葉に詰まる。  何も言い返すことが出来ない。気持ちを入れ替え、問題を起こしていないにも関わらず、クラスメイトはおろか多くの教師に畏怖され、未だ問題児扱いされる省吾と、異性のみならず同性からの支持も厚い錦。たとえ真実を語ったとしても、省吾の味方になってくれる人間などいないに等しい。 「子供の頃から言われてきただろう。悪いことはするな、真面目に生きろってね。なんのためにそう言われると思う? いざというとき、他人を味方につけるためさ。他人からの信頼は、時に真実よりも強い。残念ながらお前はなにがあっても俺には勝てないよ」  錦の言葉が省吾に重くのしかかる。大人と子供というだけではない。錦公太郎という男に対して、省吾はなに一つ勝てるものを持っていなかった。 「……あんた、普段と性格が全然違うな。そっちが素かよ」  柔和で頼りになる兄貴分。それが多くの生徒が錦に抱く印象だ。こんなにも刺々しく、上から威圧するような物言いをする男だとは夢にも思わない。 「せっかく良い先生でいてやろうと思っていたのに、先に攻撃してきたのはお前だろう。大人なら仮面の一枚や二枚、着けているもんだよ」  錦が一歩、省吾へ近づく。省吾は思わず後退った。大抵のことに恐怖心は抱かないのに自分では太刀打ちできない錦を省吾は怖いと思う。  錦は少し考える素振りを見せた後、再び目を側め、にやりと笑みを浮かべる。

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