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脅迫道具

「良いモノ持っているじゃないか。デカさも硬さも、これだけあれば充分だ。ああ、でも感度が良すぎるのは問題かもな? 相手を満足させるのも男の仕事だろ」 「うっるさい……! 何も、聞きたくないっ!」  自分を追い詰めるようにベラベラと喋る錦の声を聞きたくない。耳を塞ぎたいのに、手で口を塞いでおかなくては、甘い息が漏れてしまいそうだった。  見たくない、聞きたくない、何も口から漏らしたくない。省吾は昂ぶりから解放されたいと願いつつも、消えてしまいたい衝動に駆られる。 「かわいそうに、いじめすぎたか? 子供相手にちょっと大人気なかったな。いいよ、これくらいで許してやる」  錦は省吾の下着の中に手を入れ、性器を握った。直接肌で感じる錦の体温は自分よりも熱く感じる。大きな手で包み込まれる感触は、自分で慰める時とまるで違い、たったそれだけ省吾は先端から透明な液をじわりと滲ませた。 「楽にしてやるから力抜いてろ。恥ずかしいなら目を閉じておけばいい。好きなやつの顔でも思い浮かべていろよ」    錦が液を掬い取り、性器に塗り付ける。液のぬめりで滑りの良くなった性器に、錦は緩やかな手淫を施した。  布越しではないダイレクトな刺激に、省吾は堪えるように目を固くつぶる。 「ん……っ」  しっかり塞いでいたはずなのに、僅かな隙間から息が漏れた。  省吾をゲイだと勘違いしている錦は好きなやつの顔でも思い浮かべろと言ったが、あいにく省吾にはこういったときに思い浮かぶ存在もいない。それにすぐ近くで鼻腔をくすぐる香りは、間違いなく男のものであり、女の匂いではなかった。すぐ近くに感じる圧も、性器を包む大きな手も、どれをとっても女を感じさせない錦を相手に、性的対象である女のことを思い浮かべろと言われても無理がある。自分にこんなことをしているのは間違いなく男であると、錦の存在がそう感じさせた。 「は、ぁ……」  錦の手淫は巧だった。同じ男だからこそ弱い部分を知っているのか、適格にそこを責めてくる。だが時にはあえて焦らすような動きも見せた。そうすることでその後に来る快感が増幅されるのを知っているようだった。  限界が近づいてきたのか省吾の足が震える。先端から溢れ出た液はすっかり錦の手を汚し、手淫のたびにはしたない水音を響かせていた。 「我慢しなくていい。ほら、イケよ」  錦の指が、先端をぐりぐりと刺激する。強い快楽に省吾はたまらず射精した。荒い息を吐くと脈打つように白濁した液が溢れ、省吾は下着を汚していく。  錦にイかされてしまった。快楽の波が少しずつ引いていくにつれ、後悔に似た感情が省吾に押し寄せる。  男同士、しかも教師である錦にこんなことをされて、どんな顔をしてこれからの学校生活を送ればいいか分からない。目の前に立つ錦の顔を見るのが怖くて、省吾は固くつぶった目を開けることが出来なかった。  不意に頭上からカシャッと小さな音がした。  最初は何の音か分からなかったそれがスマホのシャッター音だと分かったとき、省吾は弾かれたように目を開けた。 「なっ……あんた……!」  錦がスマホを掲げ、カメラをこちらに向けている。無機質なもう一つの目に、省吾は何も言えず、ただ金魚のように口を開閉させるだけだ。 「お前って妙な所で素直だな。目を閉じてろって言われて簡単に閉じるんだから。気を付けないと悪い大人にすぐ騙されるぞ」  カシャッともう一度音がする。省吾は自分のあられもない姿を撮られていることにようやく気付き、慌てて身体を隠そうとした。 「なんで撮ってんだよ! すぐに消せって!」 「なんでって……そりゃ自衛だよ、自衛」 「はあ……っ⁉」 「お前じゃ俺に勝てないだろうが、お前が今日のことを黙っている保証はないしな。黙らせるための材料が必要だろ?」 「ふざけんな!」 「ふざけてないさ。お前が妙な真似をしたら、この画像を拡散してやる。ネットの世界は怖いぜ? 一生お前の恥ずかしい姿は消えないだろうな」 「やめ、やめろって……!」  錦がにこりと笑う。教師という仮面をつけているときの優しい笑顔だ。だが一度素の錦を知ってしまった今、それはとても嘘くさく見えた。 「安心しろ。お前が大人しくしていたら何もしやしないよ。速水、今日は一つ勉強になっただろう?」 「勉強……?」 「人を脅すなら物的証拠を押さえておくと良いぞ。お前も俺のキスシーンの一つでも残しておけば良い武器になっただろうに」  そんなもの、たまたま居合わせただけの省吾は必要になると思ってもいなかった。錦が生徒とキスをしたのも、錦の素を見てしまったのも、結果的に錦を脅したことも、全てが成り行きだ。居合わせた不運のせいで、錦にこんなことをされるとは、夢にも思っていない。 「じゃあ先生はそろそろ行くから、お前も帰れよ。下校時刻はとっくに過ぎているからな」 「ま、待てよ! 頼むから写真消せって!」  省吾は必死に懇願する。だが教師の仮面を張り付かせた錦は、なんのことだか分からないと言った様子で、取り付く島もない。 「速水、ちゃんと明日からも学校に来るんだぞ。今日みたいに授業もサボるなよ。……間違っても問題を起こして俺の手を煩わせるなよ?」  最後の物言いに、省吾は身体を強張らせる。それはまるで、錦に迷惑をかければ写真をばら撒くと脅されているみたいだった。  省吾は無言でうなだれる。写真が錦の手の中にある以上、省吾は何があっても錦には逆らえない。  錦は省吾の無言を承諾と理解したのか、またなと一声掛けて、普段を変わらぬ様子で屋上を後にする。  一人取り残された省吾は、着衣だけ素早く整えると、その場に力なく崩れ落ちた。

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