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虚実

 下着の中で射精してしまったので、下腹部が非常に不快だった。だがそんな不快感が吹き飛んでしまうくらい、明日からの学校生活が不安でたまらない。どんな顔をして錦と会えばいいか分からなかった。そもそも錦が写真をばら撒かないという保証すらない。明日の朝、全校生徒が自分を奇異な目で見たとしてもおかしくはないのだ。  学校に行くのが気まずいと思ったことはある。だが恐怖を感じるのは初めてだ。いっそ行かないでおこうと思っても、その選択は先ほど錦に潰されてしまった。錦は自分の手を煩わせないよう、真面目に学校に来て授業を受けろと忠告したのだ。 「あの淫行教師……っ。マジでどうなってんだよ。俺なんかよりよっぽど問題あるじゃねぇか」  生徒の悩みや相談を快く受け入れ、何か問題が起こっても優しく対処してくれる頼りになる先生。同性異性問わず、錦を慕う人間は多い。だが仮面を外してしまえば、計算高く自分の害になりそうなものには徹底的に攻撃する、実に厭らしい大人だった。  大人なら仮面の一つや二つあるもの。錦はそう言っていたが、本当にそうなのだろうか。それが本当だとすれば、省吾は大人が恐ろしくてたまらなかった。そしてもうすぐ大人と呼ばれる年齢に差し掛かる自分が、そんな大人になれるとも思わない。  大人の男として錦公太郎に憧れていた。錦のような、誰からも頼りにされる大人になりたいと密かに思っていた。だがそれが虚構だったとしり、省吾の中の憧れの像が崩れ落ちる。 「……大人って、なんなんだろうな」  子供だから分からないのか、分からないから子供なのか。錦に尋ねれば、教師として解答をくれるのだろうか。もしくは、仮面を外した錦という男が本音で答えてくれるかもしれない。  不意に省吾の背筋がゾクリと震えた。  仮面を外した素の錦公太郎という男の目は、教師である錦の目とは違い、はっきりとした感情が浮かんでいた。省吾に向けられた目には敵意や怒りといった負の感情で満ちていたが、間違いなく錦は一人の男として省吾と対峙していた。あの目を見てしまえば、教師である錦は感情を隠した人形だと思えてしまう。それほどまでに、素の錦は省吾に強いインパクトを与えた。  怖いと思うと同時に、あの錦を知っているのは学校中で自分だけだと思うと妙に気分が高揚した。一人の生徒ではなく、自分は一人の男として錦と対峙したのだ。惨敗だったわけだが。  明日からの生活を考えると頭が痛い。錦と顔を合わせるのも怖い。だが何故か、省吾はもう一度素の錦に会ってみたいとも思う。  よく分からない感情に振り回されつつも、省吾は先の見えない学校生活に頭を抱えるのだった。

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