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助け舟
「君、ずいぶん若いねー。え、ってか制服じゃん。駄目だよ、いくら興味があっても制服でこんなところに来ちゃ」
一人の男が省吾に声をかけてきた。錦よりも少し年下に見えるその男は、制服姿の省吾をジロジロと不躾に見る。
「高校生、だよね? まあ一番興味津々な年頃か。制服姿ってのはちょっとまずいけど、お兄さんが色々教えてあげようか?」
「は……? え、なに……?」
男が馴れ馴れしく省吾の肩に手を回す。学校関係者以外で、自分より年上の男と接するのは久しぶりだった。男が何を言っているか理解出来なかったが、男の距離が同性と接する距離より近いことは分かる。
「俺が声かけて良かったねぇ。制服姿なんて、質の悪い男に狙われてもおかしくないよ?」
「ちょ……何言ってんのか俺にはさっぱりなんだけど……!」
省吾は自分の肩に乗った男の手を軽く振り払おうとする。だが男はそう簡単に離してはくれなかった。
出入口付近で押し問答する省吾たちに、嫌でも注目が集まり始める。やはり制服姿があまりにも場違いだったのか、ざわめきの中で高校生や制服と言った単語が聞き取れた。
錦に問題は起こすなと言われたのに、これは非常にまずい。錦に気付かれる前に一刻も早く逃げなければいけないのに、この男のせいで目立って仕方がなかった。
騒ぎに気付いたのか店の奥にいた錦がこちらを見る。まずいと思った時には既に遅かった。
錦と視線が交わる。まさか騒ぎの原因が自分の生徒だと思わなかったのか、錦は珍しく狼狽していた。
こうなってはもう逃げても無駄だった。逃げたところで学校で顔を合わせれば同じことだ。
だがともかく、省吾は今のこの状況を打破したかった。見知らぬ男が馴れ馴れしいこの状況が、まったく分からない。以前の省吾なら殴り飛ばしてでも男から逃げただろうが、錦の目の前、ましてや制服姿で暴れればどうなるかは理解している。なんとか穏便にやり過ごさなくてはいけないのに、男はやたらとしつこかった。
省吾は思わず錦に助けを求める。弱みを握るために後をつけた錦に助けを求めるのもおかしな話だが、今の省吾には他に頼れる人は誰もいない。
省吾の視線に気付いたのか、錦は至極面倒くさそうな顔をした。呆れて物も言えないといった様子で一度省吾から顔を逸らし、省吾は見捨てられるのではと焦る。だが何かあっては目覚めが悪いとでも思ったのか、錦は渋々省吾に助け舟を出した。
「すまない、それ俺の知り合いだ」
錦が省吾の肩に手を回す男に向かってそう言った。突然現れた錦に男は一瞬反発したような顔を見せたが、明らかに自分より体格の良い錦を見て、すぐにその顔をひっこめる。
「あんたの連れ? ……まあいいけどさ、制服姿で来るのだけは注意した方がいいと思うよ」
「ご忠告どうも。俺もそう思う。ここまでバカだとは思わなかったんでね」
省吾は男から解放されると、店の奥に来いと錦に促される。すぐに追い返されると思っていた省吾は、肩身の狭さに少し小さくなりながら錦の背を追った。
「先生……なんていうかその、悪い。迷惑かけるつもりはなかった」
「ここで先生呼びは止めろ。なにが迷惑かけるつもりはなかった、だ。こんなところに制服で来たのがばれたら、迷惑にしかならないだろ」
「……ここ、そんなヤバい場所? ただの飲み屋じゃないのか?」
「ちょっと黙ってろ、クソガキ」
店の一番奥まった場所にあるテーブルで錦は足を止めた。そこには男の先客が一人、にやにやした笑みを浮かべて錦と省吾を見ていた。
「先生の友達?」
「だから先生って呼ぶなって言っただろうが」
にやついた男が我慢ならないと噴き出して笑う。錦は苦い顔でそれを見ていた。
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