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春日部順一

「速水省吾。十八だ」 「俺らにとって十八はまだ子供なんだよなぁ。って、お前、三年受け持っていたっけ?」  男は錦に問うが、錦が答える前に省吾は自ら答えた。他人の口から言われるより、自分で答えた方が受けるダメージは少ない。 「……一年だぶってる」  男はあー、と声にならない返事をした。 「なるほど。お前が錦の言ってた問題児か」 「せん……あんた、俺のこと話したのか」  先生と言いかけて、省吾はなんとか言葉を飲み込んだ。見ず知らずの男に問題児として自分が伝わっているのが、なんだか癪に障る。 「錦を責めてやりなさんな。俺ら教師だって人間なんだ。いきなり問題を起こした生徒を押し付けられりゃ、愚痴だってこぼしたくなるもんだよ。それに愚痴っていたのだって最初だけだ。意外と大人しいから拍子抜けだって最近じゃ話題にすらならなかった」 「……あんたも教師なのか」 「ん? ああ、そうだよ。春日部(かすかべ)順一(じゅんいち)。錦とは腐れ縁の教師仲間だ。少年は俺の生徒じゃないから、先生じゃなくて春日部さんって呼べよ」  名乗った後でも自分を少年と呼ぶ春日部に、省吾はどことなく錦と同じ匂いを感じた。恐らく春日部も、錦同様一癖も二癖もある大人だ。 「それにしても少年、なかなかやるなぁ。錦がここまで自分をさらけ出しているの、あんまり見たことがないぜ」 「自分をさらけ出す……?」 「そう。こいつ普段すごい猫被りだろ。なんだっけ、お前の世渡り上手の秘訣」 「他人が期待する自分を演じる」 「ああ、それだ。錦のモットーはそれだから、基本的に本来の性格をさらけ出す真似はしないんだよ。だからこいつの本性知っている人物って相当レアなわけ。なにがきっかけでお前らそんな仲になったんだ?」  省吾は口を噤んで錦に視線を送る。こういったことは、自分より口の回る錦のほうがうまく対処できる気がした。 「ガキのくせに一丁前に楯突いて来やがったから、大人の対応をとってやっただけだ」 「大人の対応? お前、どっちかというと猫被っている時の方がよっぽど大人だろ。さっきの口喧嘩だって少年と同レベルじゃないか」 「どこがだ。圧倒的に俺が勝っていただろ」 「それはお前が屁理屈捏ねるのがうまいからだ。口喧嘩の強さと精神年齢はイコールじゃない。お前、大人に見せるのがうまいだけで本性はガキだろ」 「自分のほうが大人だって言いたいのか? 昔から小うるさいのだけは変わらないよな。いい加減にしないとオッサン通り越して爺臭くなるぞ」 「年齢だけ重ねて中身がガキなのに比べたらマシだろ」  二人の言い争いに、省吾は口を挟む余地がない。こんなアダルトな空間で、昼間は生徒にものを教えている大人の男二人が、まるで子供のような口喧嘩をしていることがなんともミスマッチだった。歳を重ねているだけで教室で言い争いをしているクラスメイトとなんら変わりがない。  呆れたような省吾に気付いたのか、春日部はほくそ笑む。 「いいことを教えてやろう、少年。精神年齢っていうのは大体今の少年くらいの年齢で止まるんだ。世の中の大人ってのは大人ぶっているだけで、少年とたいして変わらんのさ」  信じられないが、今の二人のやり取りを見る限り信憑性がある。 錦は春日部の発言に不満気だった。 「俺をお前と一緒にするなよ。いつまでもガキなのはお前だけだろ」 「あのな、錦。そういうこと言うから余計にガキ臭く見えるんだよ。大人なら余裕な態度で聞き流せ。これ以上少年をがっかりさせなさんな」 「別に……俺は今更がっかりなんてしないけど。せんせ……この人がこんな感じなのはもう知ってるし」  意地が悪く、負けず嫌いで攻撃的。あの日、屋上でそんな錦と出会ってから、教師である錦の姿は嘘なのだとまざまざと感じていた。 「この人、素のほうが生き生きしてる」  春日部は大きな笑い声を上げる。 「錦、この少年面白いよ。お前良い生徒を持ったじゃないか」 「どこが。こんなところまで後をつけてくる大馬鹿野郎だ。俺の手に余る」 「若い頃の行動力ってすごいよな。でもそれもお前に原因があるんだろ。どうせ少年の弱みかなんか握ってんだろうが。昔からそういうとこ容赦ないからな、お前は」  錦はなにも答えない。それは無言の肯定だ。  それにしてもこの春日部という男は、錦のことをよく知っている。腐れ縁の教師仲間だと言っていたが、省吾にはそれ以上の仲に見えた。 「あんたらって、恋人同士なのか?」

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