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錦と春日部

 省吾は思い切って尋ねる。ここが同性愛者の集まる場所なら春日部もそうなのだろう。二人の息の合い方からしても、ただならぬ関係でもおかしくないように思えた。だが二人は露骨に嫌な顔をする。 「クソガキ、この世には言ってもいいことと、悪いことがある」 「こればかりは錦に同意だな。俺にも好みってもんがある。世界でこいつと二人きりになったとしても、こいつだけはないわ」 「そっくりそのまま返してやる。春日部とそう思われるだけで不愉快だ」  やはり息はぴったりだ。だが心底嫌そうな顔をしている二人を見るに、恋人でないというのは本当らしい。似合いだと思ったが、同族嫌悪だろうか。 「そもそも恋人がいたらここには来んよ」  春日部がグラスの底に残ったアルコールを舐めながらそう言う。 「二人ともフリーってことか?」  それは意外だった。錦が男女共に慕われていることは知っているし、春日部も男として魅力がないようには見えない。 「俺は何年もフリーだなぁ。錦もここ数年そうだっけ? なんにせよ寂しい男たちだよ、俺らは。職場と家の往復生活」 「正直忙しくてそれどころじゃないのもあるけどな。誰かさんのせいでクラス持ちにされるし。どうせ来年もそうだろ。受験生の担任なんて考えただけで頭が痛い」 「……来年もあんたが俺の担任なのか」 「多分な。お前も暴力沙汰は起こしていないんだから誰が担任でもいいだろうと思うが、どうせ俺に押し付けるだろ。誰かさんのせいでいい迷惑だよ」 「おい、錦……。もうちょっと言い方ってのがあるだろうが。いくら素を見せてもいい相手とはいえ、傷付けていいわけじゃないぞ」  春日部が真面目なトーンで錦を諫めると、錦も口が過ぎたと思ったのか、少し気まずそうな表情を浮かべた。こうやって見ると春日部のほうが大人で、錦は春日部の言った通り少し子供っぽい。 「別に、俺は気にしてない」  自分の存在が迷惑なのは誰に言われなくても分かっていたことだ。直接言われることには慣れていないが、受け止める覚悟はずっとしていた。過去の自分の行いが悪いのだから、どう思われても仕方のないことだ。 「錦より少年のほうがよっぽど大人だな」  春日部は錦を呆れたような目で見るが、錦は我関せずといった様子でこちらを見ようともしなかった。拗ねたように見える横顔は鼻先をツンと上げていて、猫のようだと省吾は思う。 「こんな大人が担任だなんて少年も苦労するな。今日は飲めよ。ソフトドリンクだけど」 「……こんな店で飲めるほど金がない」 「それくらい錦が払うって」 「俺かよ」 「当然。今はお前が少年の保護者変わりだろ」  飲め飲めと煽られ、勝手に注文されたオレンジジュースに省吾は口を付ける。  錦と春日部はグダグダと愚痴を言い合いながらグラスを傾けた。こんなところにわざわざ来たからには互いに出会いを求めているのではと省吾は思ったが、二人してそんな素振りは見せない。自分がいるせいで目的が果たせないのではと申し訳なさを感じたが、春日部曰く、特別出会いが欲しくてここに来るわけではないらしい。 「ここなら学校関係者に会う確率も低いだろ。万が一会ったとしてもそんときゃ同類、秘密を抱える同士だ。見なかったことにするのが暗黙の了解。本音で愚痴を言うなら駅前の居酒屋よりここが正解なんだよ。出会いはまあ、あわよくばだな」 「……ここでそんなにグダを巻いていたら、出会いも逃げていくだろ」  違いない、と錦も春日部も笑う。  だが話を聞いて、省吾は少し分かった気がした。この場所は二人にとって恋を求める場所ではなく、ありのままの自分を出せる心が安らぐ場所なのだ。大人としての仮面だけでなく、ゲイだという秘密を抱える二人には、何もかもをさらけ出せる場所が必要だったのだろう。  二人の愚痴は横で聞いていて、馬鹿馬鹿しいものばかりだった。やたらと雑用を押し付けられるだの、同僚の教師の愚痴など、本当に学生の自分をなんら変わりのないことばかりを言っている。特に錦に至っては普段と社会生活を送る上での性格が違いすぎるせいか、鬱憤をため込んでいるようだった。文句を言いながら次々にアルコールを飲み干していく姿は、普段の錦とは雲泥の差だ。正直、ゲイバーにいる姿より、飲んだくれてグダを巻く姿をスマホに収めて脅した方がよほど効果がありそうだった。  だが省吾はあえてそれはしない。錦にはさっき助けてもらった恩がある。 「これであんたへの貸しはチャラだからな」 「あ? なにがだよ」 「あんたが分かんねぇならそれでいい」 「知らぬは本人ばかりなり、か。少年、俺は分かるぞ。錦もちょっとは少年に感謝しろよ」 「意味が分からん。なんだよ、お前ら」

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