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終電間際

 省吾は春日部と顔を見合わせ笑い合う。会ったばかりの春日部と意気投合しているのが不思議な気分だった。誰かとこんな風に通じ合うのは、いつ以来だろう。少なくともここ数年は、母親以外とまともなコミュニケーションを取れていなかった。そんな自分がこうして教師二人と席を共にしていることがどこか信じられない。  二人が話をしている最中、省吾は何度か視線を感じた。自分を見ているのではなく、錦を見ているのだと気付いたのは三度目の視線に気付いたときだ。仮面をつけた錦を知っている自分にとって、今の錦は子供のようでとても魅力的には見えないが、それを知らぬ者にとっては今の錦でも充分魅力的なのだろう。確かに容姿だけは一級品であったし、アルコールで上気した顔は男の色気に満ちているようにも見える。抱かれたいと感じる男がいてもおかしくはないと感じた。本人はそんな視線など知らぬ存ぜぬといった様子で、ここまで意図的にそれらを無視する錦に、省吾は違和感を覚える。 「なあ、春日部さん」 「んー? なんだ、少年」  違和感の正体を突き止めたいと、省吾は春日部に声をかける。だが結局、省吾はそれを尋ねることはしなかった。飄々とした春日部の態度のどこかに、それを尋ねるなと念を押されているのを省吾は肌で感じていた。 「……なんでもない」  それだけ告げると、氷で薄まったジュースを一気に飲み干す。そんな省吾の様子に春日部は満足したような、大人の表情を浮かばせた。  三人が店を出たのは夜の十二時に差し掛かろうとする時間だった。ぎりぎり終電はあるものの、地元まで帰れるかは少々怪しい時間帯だ。 「錦、お前飲み過ぎなんだよ」 「うるさい。たまには飲まないとやっていられないんだよ」 「そんだけストレス溜める前に小出しすりゃいいだろ。いい加減外面ばかり気にする癖も直せよ」 「これが俺の出世術なんだよ」 「ストレス発散に付き合う俺のことも考えろっての。それに少年のことはどうするつもりだよ。こんな終電間際で」 「タクシーに乗せりゃいいだろ」 「ジュース代すら払えないって言ってたやつがタクシー代なんて払えると思うか?」  二人の視線を同時に浴び、省吾は肩を小さく縮める。結局飲んだジュース代は錦が払ってくれていた。電車賃程度ならなんとかなるが、タクシー代なんて大金は省吾には払えない。 「今の学生ってもっと金持ってるイメージだったわ、俺」  春日部の少々憐れみを帯びた声に、省吾はますます小さくなる。 「……朝まで時間潰して、始発で帰る」 「いやいや、さっきも言っただろ。そりゃ補導対象だって」 「でも先生に金借りて帰ったところで、返すあてがない」  ここ最近、錦を尾行していたせいで省吾の貯金は底をつきかけていた。そもそも小遣いすらまともに貰っていない省吾にとって、残り僅かな所持金も昼食代を浮かせて作った大切なものだ。 「錦……マジで少年虐めるのもほどほどにしろよ。こいつのこと可哀そうになってきたわ」  そこまで金欠だと思っていなかったのか、錦も絶句している。 「行けるとこまで電車で帰って、そこから歩いてもいいし。あんたらの世話にはならない」 「今更何を言っているんだ。もう充分世話してやっているだろ」 「……だから余計に、これ以上あんたに借りを作りたくない」  見捨てられても仕方がないのに助けてもらい、ジュース代まで払わせてしまった。手を煩わせるなと言った錦に逆のことばかりさせてしまっている。機嫌を損ねた錦に写真をばら撒かれるかもしれないという不安もあるが、単純に男として、世話をかけてばかりなのが恥ずかしいと感じていた。 「少年、これは借りとかそういうんじゃないと思うぞ。グダ巻いて飲んだくれた錦の大人としての責任だ」 「勝手に先生の後をつけてここまで来た俺の責任でもある。責任は自分でとる」 「ガキが一丁前に格好つけるな。いくら口でそういうこと言っても、責任なんてとれないだろ。補導されりゃそれで終わり。お前の親御さんと俺が頭を下げないといけないんだ。問題を起こすのはお前も本望じゃないんだろ」  省吾は反論の言葉が出てこない。 「俺がタクシーで送って帰れば丸く収まる。親御さんにも適当に説明するし、それでいいだろ」  それが一番良い解決方法だと顔を見合わせた錦と春日部だが、省吾はそれには頷かない。

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