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変な奴
錦は省吾の話を聞いて、深い溜息を吐く。呆れたのでも馬鹿にしたのでもなく、受け止めきれなかった感情がこぼれ出たような溜息だった。
「お前は本当にバカだよ。何が話すのは得意じゃないだ。しっかり話せるじゃないか」
「……ほんとだな。そもそもこんなに自分のことを話したことも、今までなかった」
「ちゃんと話せば良かったんだよ。親御さんにも、周りの大人にも。自分の内にため込むから爆発するし、周りも誤解するんだ。子供なら子供らしく、大人に甘えれば良いだろ」
「もう誰かに甘えるなんて歳じゃない」
そんな時期は遠い昔に過ぎてしまった。十八は大人としては幼くもあるが、子供と呼ぶには大きすぎる。
「俺のことを周りがどう思おうが、別にいいんだ。それが勘違いだとしても、俺がしてきたことが原因だし」
それに錦には全て話した。自分の言葉などどれだけ信じてもらえるか分からない。だが黙って聞いてくれただけで、少し救われた気がした。自分はずっと誰かに話を聞いてもらいたかったのだと、省吾は初めて気が付いた。
錦は何か考えるように俯き、自身の髪に指を通す。そして苛立ったように髪をかき乱すと、その勢いで自分のスマホを省吾に投げ渡した。
「あの時の写真、消してほしかったんだろ。消していいぞ」
「……どういう心変わりだよ」
「別に。その写真がある限り、お前が今日みたいに俺の後を付けたりバカするかもしれないだろ。それも迷惑なんでね」
省吾は錦のスマホを操作し、写真のフォルダから例の写真を見つけ出す。自分でも正視したくないあられもない姿が画面に表示され、省吾は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「バックアップは取ってない。そこにある二枚を消せば、それで終わりだ。お前も安心して元の生活に戻れる」
「……本当に消していいんだな。消したら俺を脅す材料がなくなるぜ」
「いいよ。そんな写真もう必要ないだろ。お前バカだから虚勢を張って俺に盾突いたみたいだけど、無作為に人を傷付けたり問題を起こす本物のバカではなそうだからな」
「あんたが猫被りの性悪で、愚痴言いながら飲んだくれる駄目な大人だって俺が言いふらさないって?」
「言わないだろ。お前はそういう奴じゃない」
きっぱりと言い切った錦に、省吾はじわりと身体が熱くなるのを感じた。錦は省吾が自分の弱みを吹聴しないと確信している。揺らぎのない信頼がそこにあるようだった。疎まれ、最低の人間だと言われたことはあっても、誰かに信頼されたことのない省吾は、錦のたった一言で目頭が熱くなる。
省吾は自分の映った写真を二枚、消去する。これでもう錦を追いかけまわす必要も、人の視線に怯える必要もなくなった。
省吾が写真を消すのを見届けた後、錦は風呂に入ってくると言い残し、バスルームへと姿を消した。錦からの信頼されている事実と、自分を怯えさせる写真がこの世から消えたことに安堵した省吾は、感極まり涙をこぼしそうだった。それを見越して錦は自分を一人にしてくれたようで、省吾はこっそりと錦に感謝する。
バスルームから聞こえてくる規則正しいシャワーの音が、省吾には心地よく聞こえた。省吾の凪いだ心も次第に落ち着きを取り戻す。
過去の自分はすぐに手が出る最低の人間だった。それは間違いないと、省吾は認める。だが変わろうと心に決め、実際に変わった今も、省吾を信じてくれる大人はいなかった。お前はそんなやつじゃないと、言い切ってくれたのは錦が初めてだ。
錦は省吾の理想とする大人ではなかった。計算高く、意外にも感情的で子供っぽい性格をしているとすら思う。それでも省吾は錦に抱いた憧れを消すことはなかった。理想とは違ったが、自分と向き合い信じてくれた錦は、今まで省吾が知っていた大人とはまるで違う。自分すら卑下してしまうのに錦は下に見ることなく、対等に接してくれた。
「先生って変なやつ……」
大人にも子供にも見える二面性のある男。そしてそんな錦を知っている数少ない人間の一人に、自分が入っていることが不思議だった。
気持ちが平坦になると、ただ黙ってジッとしていることに居心地の悪さを感じてくる。そもそも片付いていない部屋が来た時から気になって仕方がない。むやみに部屋を散策するつもりはないが、ゴミを片付ける程度なら錦の迷惑にはならないはずだ。省吾は床に落ちていたコンビニのビニール袋を手に取ると、明らかなゴミを集め始める。
何故か床の一か所に纏められている缶コーヒーの空き缶や、バランス栄養食の空箱。ローテーブルの上には遥か以前に期限の切れたクーポン付きのチラシなど、一体なぜこんなものまで後生大事に置いてあるんだと思うものばかり積み上がっていた。
明らかにゴミと分かるものだけを選別し、省吾はひたすら袋に詰めていく。二個目の袋が一杯になったとき、省吾はチラシとチラシの間から、あるものを見つけた。
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