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秘密

 それは数枚の写真だった。写真には若い男女が数人と、歳の離れた男が一人映っている。興味を惹かれ、省吾はまじまじと写真を見た。 「あ、これ先生か。スーツじゃないとあんま分かんねーな」  若い男女の一人は今より少し幼さのある錦だった。歳は恐らく大学生くらいだろう。少し張り付いた笑顔を浮かべているが、錦の仮面とやらは、この時には既に完成していたようだ。  今の自分とあまり年齢の変わらない錦を見るのが面白くて、省吾は二枚目の写真を手に取る。 「こっちは春日部さんも映ってる。腐れ縁って言ってたけど学生からの付き合いなんだな」  錦と春日部は少し離れた位置に立っており、こうして見ると特別仲が良さそうには見えない。もしかすると学校内ではあえて距離を置いていたのかもしれない。素を見せられる相手が近くにいれば、体裁を保つことは難しくなる。  三枚目の写真に錦の姿はなかった。自分の映っていない写真を持っていることを不思議に思いつつ、省吾は他の写真にも目を通す。だが一枚目と二枚目以外の写真には、錦の姿は映っていなかった。 「なんでだ……?」  映っていなくても大切な思い出だというのだろうか。ずっと写真を手元に残しておきたいほど、良い大学生活だったのかもしれない。だがどこか違和感もある。 「あ……」  違和感の正体に気付いたとき、省吾は思わず声を出してしまった。錦はたった二枚しか映っていないが、どの写真にも共通して一人の人物が映っていた。若い男女に囲まれるようにして映る、一人年齢の離れた男の姿が。  省吾の胸が途端にざわめく。  写真からでも分かる上質なスーツを身に纏った男は、生徒ではなく教職員だろう。この時で四十半ばに見えるので、現在は五十を過ぎているはずだ。柔和な笑顔を浮かべた、見るからに紳士といった男は、どこか教師の仮面をつけている時の錦とよく似ている。  きっとこれは、錦の好きだった男だ。  省吾は動揺する。ゲイなのは先ほど知ったし、嫌悪感はない。だがはっきりした人物像が浮かんでくると少しショックだった。相手が男だからショックなのではない。その相手が自分とはほど遠い、大人で落ち着いた紳士であることへの衝撃だ。 「え、いや……何考えてんだ、俺」  錦がどんな男を好きでも、それは自由で自分には関係がない。それを理解しているにも関わらず、なぜこんなにも自分が動揺しているのかが分からなかった。  いつの間にかシャワーの音が止んでいた。タオルで髪を拭きながら、錦が部屋に入ってくる。 「お前も風呂入るなら……」  錦の言葉が途中で途切れた。写真を手に動揺した顔を隠せない省吾を、凍り付いたような目で見降ろしている。 「ご、ごめん。勝手に見て……そんなつもりじゃなかった」  無言の錦が怖い。見てはいけない、気付いてはいけないものだった。興味本位で錦の心を覗き見たことを、省吾は後悔する。  錦は省吾に近寄ると、写真を奪い取った。 「こんな写真、まだあったんだな……」  写真を見て懐かしむのではなく、どこか辛そうに眉根を寄せた錦に、省吾の胸が痛む。わざわざ言葉にしなくとも、錦が想い人との間で切ない思い出があるのが見て分かった。  錦の顔を見ているのが辛くて、省吾は顔を背ける。どんな過去があったのか、それは知らないし詮索するつもりもない。だが錦の様子から、どこか未練があるように思えてならなかった。   まだその写真の男が好きなのか。そう尋ねられたらこのモヤモヤした気持ちも晴れるかもしれない。だがそんなことを尋ねるのも野暮だと思う。そんなのは錦を見れば分かることだ。  錦が唐突に動き出す。弾かれたように錦へと視線を戻した省吾の目の前で、錦は写真をゴミ箱へと投げ捨てた。 「ちょ……あんた……! なんでそんな」 「要らないから捨てたんだよ。それ以外に何がある」  吐き捨てるように錦は言う。だが言葉とは裏腹に、錦はどこか悲痛な表情を浮かべていた。  省吾はゴミ箱に駆け寄り、写真を救い出す。ろくにゴミが入っていなかったので写真は大きく汚れてはいない。そのことに安堵しつつ、省吾は小さな埃を拭うように、自身の服の袖で写真を撫でる。 「お前何して……」 「あんたの大事な写真なんだろ。そんな未練がましい顔して、要らないなんて嘘吐くな」  写真の中で微笑む男を見ていると、省吾の胸がざわめく。だが錦に自分の気持ちをないがしろにする真似はして欲しくなかった。 「好きだったんだろ。ならその気持ちを大事にしてやればいいじゃねぇか」  省吾は写真を錦へと差し出す。錦は少し迷うような様子を見せたが、写真は受け取らなかった。 「いや、やっぱりそれは捨てておいてくれ」 「なんで」 「もう過去のことなんだよ。最後に会ったのも二年前だ。写真があったこともすっかり忘れていた」 「忘れていたのに、そんな悲しい顔すんのかよ」 「お前が察している通り、俺はその人が好きだったよ。大学生の頃からずっと。でも俺の片思いだ。その人の恋人にはなれなかった」  誰からも慕われる錦の失恋。歩けば振り返えられるこの男が、大学時代から長きに渡り片思いをし、その恋が成就しなかったなど誰が思うだろう。

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