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二人の関係

 省吾は学校の屋上で一人、空を仰ぎ見ていた。  錦の部屋で一晩を過ごした日、省吾は始発が走り出す時間に起床し、まだ眠る錦には声をかけず帰宅した。一晩の礼のつもりでシンクに溜まった汚れものを片付け、ゴミ出しをしてから家を出たのだが、結局あの写真が本当にゴミとして捨てられたのかどうかは確認しなかった。  週明けに学校で錦と顔を合わせても、互いに何を言うわけもなく、教師と生徒の立場は変わらない。  ただ立場は変わらなくとも、互いに秘密にしていた過去を知った者同士、心の距離がわずかにだが縮まったのを感じていた。 「非行少年、昼飯の時間だぞー」  錦が教師の仮面を外しながら、屋上の扉をくぐってくる。  いつの間にか、昼休みは二人で過ごすのが習慣になっていた。ここで錦にされたことを思えば少々気まずくはあったが、屋上は省吾にとって秘密の隠れ場所であり、錦にとって省吾しかいないこの場所は、教師としての仮面を外し、学校の中で素を曝け出せる唯一心が休まるところでもあった。 「お前、また値引きパンかよ。しかもなんだ、その味。まずそうだな」  錦は省吾の手に握られているパンを見て呆れたようにそう言う。値引きされたパンは売れ残りなだけあり、正直食欲をそそられないものではあった。 「そんなものばっかりじゃ、身長だって伸びないぞ」 「こんなもんじゃなくたってもう伸びねぇよ。あんたより低いけど、これでも百八十近くある。っておい、パン返せ」 「ほら、たまにはまともな物食えよ。とはいっても仕出し弁当だけどな。俺は食べ飽きているし、まずそうだけどたまには菓子パンっていうのも悪くない」  錦は省吾の返事も聞かずにパンを齧る。一口欠けたパンを取り返す気にもなれず、省吾は押し付けられた弁当に箸を付けた。 「まともなもの食っていれば、まだ伸びるだろ。あくまで俺の勘だが、お前にはまだ伸びしろがあるように思う」 「なんだよ、その勘……。成長期なんてもう終わってるだろ。十八だぞ、俺」 「お前の骨格というか、手の大きさを見ていると、もう少しデカくなる気がする。一般的に成長期は十七くらいまでって言われているけど、あくまで一般的にだからな。実際俺は大学まで伸びた」 「そりゃあんたが特別だったんだよ。……まあデカくなるのはいいけど。どうせならあんたよりデカくなりたい」 「いや、そりゃ無理だろ。欲張りすぎだ」 「なんだそれ。俺はデカくなるのか、ならねぇのか、どっちなんだよ」  軽快に軽口を叩き合う二人は、傍から見れば教師と生徒というより、友人同士のようだった。  省吾も錦との会話を楽しんでいたし、錦も省吾の前だとリラックスしているように見える。互いの立場など、誰の目もない場所では忘れてしまっていた。今では毎日錦と話せるこの時間が、省吾にとって一番の楽しみだ。  省吾にとって学校に通うことは義務であり、そこに楽しみなど感じたことは今まで一度もなかった。友人と過ごす時間というのは、こんな感じなのだろうか。たった一人でも心を許せれる存在がいるということは、こんなにも気持ちが前向きになるのかと、省吾は生まれて初めて知る。

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