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意外な人物
ある日の土曜日、省吾の姿は休日にも関わらず、学校にあった。来たくて来たわけではない。前日、錦に声を掛けられたのだ。
「速水、お前オリエンテーションの発表準備、なにも手伝わなかっただろう」
今まさに帰宅しようとしていた省吾は、教師の仮面をつけた錦を相手に、露骨に嫌な顔をして足を止める。
「は? なんの話か分からないんですけど」
教師と生徒という関係上、二人きりの時より少し距離を置いた口調になる。
「とぼけるなよ。この前の校外学習、終わったらクラスごとに発表があるからちゃんと準備するように伝えていただろ。お前以外のやつは放課後残って、発表準備をしていたんだよ。さぼろうって思っても、そうはいかないぞ」
校外学習には省吾も参加した。クラスメイトから少し離れたところで空気を乱さないようぼんやりしていただけだったが、出席したことには違いない。その際、確かに錦が後日、発表会があると言っていたが、準備の話は今初めて聞かされた話だ。
「さぼるもなにも、マジでなんのことだか」
省吾は困惑気味にそう言う。とぼけているのではなく、本気で何も知らない省吾の様子に、錦もばつの悪そうな表情を浮かべた。
クラスメイト達は錦に言われた通り、真面目に発表準備に取り組んだのだろう。だが、そこに省吾の居場所はなかった。きっと意図的に外されたのではない。ただ、わざわざ省吾に声を掛けようと思ったクラスメイトが一人もいなかっただけだ。
省吾は別にそれを責める気にはなれない。自分を怖がったり嫌悪したりするのも、当然の権利だと思っている。
だがクラスを任されている錦はそうでなかった。
「……悪い。お前がクラスに溶け込めるようにするのも、担任である俺の仕事だったな」
「別に……。話が終わったなら俺、帰るんで」
素の錦と話をするのは申し分ないが、教師である錦の側にいるのは好きではない。どうしても距離を置いてしまう。
そのまま帰宅しようと踵を返した省吾の肩を、錦の大きな手が引き留めた。
「待った。お前、明日の予定は?」
「なんもないですけど。なんすか、いきなり」
「知らなかったとはいえ、お前だけ何もしていないのは問題だろ。課題を作ってくるから、明日やるように」
「げっ……。明日休みなのに。休みの日に生徒を登校させるのも、問題じゃないですかね」
「部活で登校する生徒も大勢いるから問題ない。俺も仕事で来るから。さぼったら課題を倍にしてやる」
「横暴……」
「なんとでも言え。そもそも校外学習も真面目に参加していなかったし、課題をこなせば見逃してやるって言っているんだ。良い条件だろう」
有無を言わせない錦の圧に、省吾は渋々はいと頷いた。
そういった経緯で休日にも関わらず登校したわけだが、休日の学校というのは意外に人がいるものなのだと、省吾は感心する。
錦の言った通り、部活動に精を出す生徒で活気があり、授業がない分、のびのび活動しているのが見て取れた。生徒が登校するからには教師も登校しないわけにはいかず、教師陣も仕事に精を出しているようだ。部活のない問題児がなぜ登校しているのかと、訝しんだ目で見てくる者も当然いたが、何かあれば錦が説明するだろうと、省吾は何食わぬ顔でそれを躱す。
普段と違う顔を見せる学校内を散策していると、省吾は意外な顔とすれ違った。
「あれ、春日部さん……?」
廊下の向こうから顔を覗かせたのは、春日部に間違いなかった。以前顔を合わせたときはスーツ姿だったが、今日はジャージと随分ラフな格好だ。
「あれ、少年。休みの日に登校か? 部活するようなタイプだとは思わなかったな」
「してないですよ。春日部さんこそなんでうちの学校にいるんですか」
「サッカー部の練習試合。面倒だけど、俺顧問なんだよ」
「サッカーならグラウンドでしょ」
「顧問ってだけだからなー、俺。指導はコーチに任せてるから、居てもしょうがないんだよ。折角だから錦の教師面でも拝んでやろうと思って。今日は居るって言ってたし。少年は?」
「……クラスの発表準備さぼっちまったんで、課題やるように言われて」
「おいおい。課題があるならこんなところで油売ってる場合じゃないだろ」
少し厳しい表情を浮かべた春日部に、省吾はこの人も教師だなと今更ながら思う。
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