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依存

 こんな答えで春日部は納得するだろうか。不安になる省吾をよそに、春日部は目を丸くしている。 「それ、もう答え出てるだろ」 「え? いや、分かんねぇけど……」 「マジかよ、少年」  呆れたような、でも少し嬉しそうな春日部に、省吾は腑に落ちないと思いつつも、春日部からの次の言葉を待った。  春日部は頭を掻きつつ、どこか吹っ切れた様子で言う。 「いいよ、興味本位ってわけじゃなさそうだし教えてやる。その代わり、錦には黙っておけよ。俺が怒られるってのもあるけど、それ以前にあのバカ、まだ吹っ切れてなさそうだから」 「……やっぱりまだ、先生は谷崎って人のこと、好きなんですか」 「好きというより一種の依存だろ、あれは。病気だよ、病気」 「病気……」  錦の恋心を馬鹿にしたような言い方に、省吾はムッと眉を寄せる。春日部はそんな省吾を見て、少し言い方が悪かったと小さく謝った。 「確かに最初は純粋な恋愛感情だったと思うよ。でもあそこまでいくと、もう執着だよ。好きっていう感情より、手放せないだけだ。次にいくきっかけさえあれば、谷崎なんてすぐに忘れられるだろうに、あいつはいつまでも後ろばっかり見ていやがる」 「でも先生ってここ数年はフリーなだけで、恋人はいたわけですよね。谷崎って人は片思いで終わって、他に好きな人が出来たってことじゃないんですか」  春日部は省吾の言葉を鼻で笑う。 「いねーよ、あいつに恋人なんて」 「でも前に……」 「完全にフリーになったのは確か二年くらい前か? それもあいつ曰くだからな。本当のことなんて俺はわかりゃしないよ。あいつはずっと谷崎しか見ちゃいない」 「……どういうことですか?」 「錦は谷崎と、ずっと不倫関係だったんだよ」  春日部の言葉に、省吾は頭を殴られたような衝撃を受ける。 「片思いで、恋人にはなれなかったって」 「不倫だからな。恋人じゃないだろうよ」 「そんな」 「俺たちが大学に入った時には、すでに谷崎は既婚者で子供もいた。男同士って垣根がなくても、錦には厳しい恋だったはずだ」  あの夜、錦の言葉の意味を、省吾はようやく理解した。自分も谷崎も、周囲も誰も幸せになれない恋だと、錦は悲しそうに言ったのだ。 「俺が知る限り、不倫関係を選んだのは錦だが、提案したのは谷崎のはずだ。あのオッサン、錦が自分に気があると知るや否やすぐに手を出して来やがった。無害そうな面して、とんだ食わせ物だ」 「……思ったんですけど、春日部さんって谷崎って人のこと嫌いですよね」  春日部は露骨に顔を歪める。 「ああ、大っ嫌いだね。あんな狡賢くて汚いやつ、嫌な大人の集合体じゃないか。いいか、少年。腐ってもあんな大人になるんじゃないぞ」 「一応、先生の好きな人なのに」 「あんなオッサンのどこが好きなのか、俺は理解できん。用意周到に相手の逃げ道を塞いでおいて、決定的な言葉もやらなければ、選択肢も与えているようで与えない、そんな汚い大人だ」 「それ、先生と変わんないように思う」  屋上で初めて教師の仮面を外した錦に会ったとき、似たような感想を錦に対して抱いたのを、省吾は思い出す。 「錦なんて可愛いもんだよ。惚れた弱みがあるとはいえ、あの猫被りが敵わない相手だ。大学時代から何年も不倫しておいて、好きの一言も言われたことがないってぼやいてたぜ」 「酷え話だな。なんで先生はそれでも好きだったんだろう」 「だから依存だって言ったろ。依存、執着、病気だよ。谷崎が居なくなったら二度と自分にはそういう相手ができないって思い込んでいるんだ、あいつ」 「それも変な話じゃないですか。先生、絶対モテますよね」  錦を慕う人間がどれだけ多いかは、同じ学校で生活しているとおのずと分かる。そこに恋愛感情が含まれていなかったとしても、仮に錦から好意を打ち明けられれば、悪い気はしないはずだ。それだけで錦にころりと落ちてしまうことすらあり得る。同性限定というハンデがあったとしても、同じことが言えるはずだ。実際に省吾は男子生徒から想いを告げられる場面を目撃しているし、ゲイバーで意味ありげな視線を投げられている錦を見ている。それだけのことがありながら、谷崎以外の相手と恋ができないなど、どう考えたってあり得ない。 「少年の疑問も当然だ。でもな、いくらモテてもあいつにとって意味がないんだよ。他人が求める錦と、あいつ自身があまりにも乖離し過ぎている」 「……性格ってことですか? でもあんだけ見た目が良けりゃ、それもカバー出来るでしょ」 「まさしくその見た目が、あいつにとっちゃネックなんだよ。あいつに守られたい、甘えたいってやつは多くても、あんなデカくて体格の良い男、抱きたいなんて思う男は少数派だろ」

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