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トップシークレット
「……は?」
「あいつ、男に抱かれたい男なんだよ。男に頼って、甘やかしてもらいたい根っからのネコ」
秘密な、と声を潜めた春日部だが、省吾は言われた言葉の意味が飲み込めず、頭の中で何度もその言葉を反復する。
男に抱かれたい男。あの錦がそうだなんて信じられなかった。周りからどう思われているか自覚している錦は、自ら頼りがいのある男を演じていた。そんな男の素が、実は正反対の性質を持っているなんで誰が思うだろう。
省吾はゲイバーで意味ありげな視線をことごとく無視した錦を思い出す。あの男たちは、間違いなく錦に抱かれたいと思っていた目だった。男同士の恋など分からない省吾ですら理解できたほどの、ねっとりとした目だ。てっきり余程好みでないのだなと思っていたが、抱かれたい立場であるのなら、視線を跳ねのけた理由にも納得がいく。
そしてあの時感じた違和感の正体も。春日部に問おうとして、それは訊くなと圧を感じたが、その答えがこれなのだ。このことはトップシークレットなのだろう。
「誰にも言うなよ? 錦もわざわざ頼りがいのある兄貴なんて演じなけりゃいいのに、バカだよな。自分で余計にややこしくしちまってる」
「その……谷崎って人は先生とそういう、肉体関係があったってことですか」
「大人だし、不倫なんてそれしかないだろ。錦を抱いてやろうなんてなんで思ったのか知らないが、あいつは嬉しかったんだろうな。だから執着なんだよ。谷崎を逃したら自分を抱いてくれる男なんて現れないはずだって」
省吾はもう何も言葉が浮かんでこなかった。
錦が谷崎を本当の意味でどう思っているのかは分からない。好きなのか、春日部の言ったように執着なのか、きっと錦本人にも分かっていないのではないかと思う。
ただ不倫関係があったことは、省吾にとって少しショックだった。自分が手を出してしまった元担任と、理由は違えど重なってしまう。谷崎には入学当初から妻子があったと知っていてそんな関係になったなら、それは元担任と同じではないか。相手の家庭を、子供を無視した選択は軽蔑してしまう。相手の家族のために元担任の罪を公にはしなかった省吾には、なおさらだった。
「……先生って自分から身を引いたんですか」
「俺はそう聞いたぜ」
「理由は?」
「妻子の写真を見たんだと。今まで妻子がいるって知っていても、実際に見たわけじゃないから自分を騙せていたのが、目の当たりにすると駄目だったって言っていたな。罪悪感が沸いたらしい」
「それはちょっと、分かる気がする」
省吾も谷崎の写真を見るまではそうだった。錦も大人で、そういう相手がいても当然だと思ってはいたが、いざ現実で目の当たりにすると、気持ちの整理がつかない。
「……先生も苦しんだんだな」
自分の存在が谷崎の妻子を苦しめる。そして不倫なんて自分も谷崎も幸せにはならない。それに苦しみ、罪悪感を抱いたからこそ、錦は身を引いた。不倫など到底褒められたものではないが、罪悪感を抱いたという事実に少しホッとする。
「なんだ、少年。それだけか?」
「なにがですか」
「いや、あいつが抱かれたい男だって知っても、あんまり動じてないから。ショックじゃないんだな」
「別に。そりゃ驚きはしましたけど。抱こうが抱かれようが、似たようなもんじゃないですか。それで先生が変わるもんじゃあるまいし」
「似たようなもんか? いや、人の感覚はそれぞれだからいいんだけどさ。少年って大物だな」
「意味わかんねぇです」
「いいよ、分からんでも。あいつもさ、今はオッサンに未練あるかもしれないけど、お前みたいなのが側にいたらそのうち忘れられるかもしれないな」
「俺?」
「あいつに笑っていて欲しいなんて言う奴、他にいないだろうし」
「……そうですかね」
含みのある笑みを浮かべた春日部に、省吾はたじろぎながらそう言った。
写真の男を知りたかっただけだが、意図せず色々なことを知ってしまった。錦にたいして申し訳ない気持ちになるが、それでも省吾は話を聞いたことを後悔してはいなかった。正直聞いていて気持ちの良い話ではなかったが、錦も過去を後悔し、乗り越えようとしている部分が自分と重なって見えた。
乗り越えられるといい。そして願わくば、今度こそ幸せになってほしいと思う。その横にいる人物が、自分以外の誰であったとしても。
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