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反抗心
この日はあいにく、雨模様だった。
ここ最近は晴れた日が続き、過ごしやすい気候が続いていたため、久しぶりの雨は気分をどんよりと暗くさせる。
雨の日は屋上が使えない。以前はそれをなんとも思わなかった。校舎内で人目のつきにくい場所で過ごせば良いだけであり、特に問題はなかった。だが今の省吾にとって屋上で過ごす時間は素の錦と話せる大切な時間だ。生徒の多い平日の校舎内で素を出すことは憚られるのか、錦は屋上以外で仮面を外そうとはしなかった。それが省吾にとっては窮屈であり、錦にとっても省吾と過ごすメリットがなくなってしまうのか、雨の日に二人が共に過ごすことはなかった。
錦と話せない日は、誰とも言葉を交わすことなく終わってしまう。
少し前までは常に一人でいることが当たり前だったのに、誰かが側にいることに慣れてしまうと、一人が途端に孤独に感じてしまった。省吾はそれを良くない傾向だと思った。
学校を卒業すれば錦との接点はなくなる。錦の素を知って始まった奇妙な関係も、卒業すれば終わってしまうだろう。そこから先を一人で生きていくことを考えれば、一人を孤独と感じることはできるだけ避けたい。人が一人で生きることは、当たり前だと思っていたかった。
馴れ合い過ぎてしまったと苦い顔をする。自分のような人間が誰かと過ごすことの心地よさなど感じてはいけなかったのに、つい甘えすぎてしまった。このところ感じる、錦への独占欲のような感情も、きっとこのせいだろう。
錦と接し始めてから、自分が変わっていくのを如実に感じた。居心地の悪さに心が落ち着かない。
どんなに悪天候でも授業が終わればクラスメイトたちは嬉しそうだ。それぞれどんな放課後を過ごそうかと浮足だっている。省吾はそんなクラスメイトたちを横目で見ながら、大雨が降る前に帰宅しようと席を立つ。
それを呼び止めたのが、省吾にとって今一番複雑な気持ちにさせる錦だった。
「速水、帰るのはちょっと待て」
教師として接してくる錦に、省吾は心の中で舌打ちをする。
「……なんか用すか」
不機嫌を隠そうともしない省吾に、錦は少し驚いた顔を見せる。錦に反抗的な態度をとることはあっても、気分をぶつけたことはほとんどなかった。
「三者面談、何回も確認するよう伝えてあったよな?」
「そうでしたっけ。でも三者面談の時期ってもう終わりましたよね」
「お前を除いた全員は終わってるよ。親御さんに話が付かないならまずはお前だけでもいいから、とにかく進路希望の用紙をさっさと提出しろ。もう何回も手渡しているだろ」
「進路とかそんな一年以上先の話、まだ何も考えてない」
「だから今考えるんだろ。やりたいこととか、興味があることとか。好きなことでもいい。そこから進路に繋がることも――」
「そんなの何もねぇよ、マジでうぜぇな」
錦の言葉を遮りそう言った省吾に、錦の顔が困惑気味に曇る。
「やけに刺々しいな。何かあったのか?」
「……別に」
錦にそんな顔をさせるつもりはなかったと、省吾は顔を背ける。いつも不敵で笑っていて欲しいと思っているのに、その顔を曇らせてしまう自分が腹立たしい。そして錦と一緒にいる心地よさを知らなければ笑っていて欲しいなんて気持ちも分からなかったのに、その気持ちに気付かせた錦にも腹が立つ。
自分の気持ちも感情も、省吾はまるで他人のように分からない。
「進路とかそういう話なら、俺には関係ないんでもう行っていいですか」
「関係ないって、そんなわけないだろう。とにかく、進路希望用紙を提出するまで今日という今日は許さない」
「別に俺の進路がどうでもあんたにはどうだっていいだろ。そんなにも進路希望用紙が必要ならニートだのフリーターだの書いとけよ」
「だからそうやって自分の将来に投げやりになるな。お前は関係ないって言うが、仮にも俺はお前の担任なんだ。悩んでいるなら相談くらい乗ってやるから……」
そういうのがうざい、と口から出そうになったとき、校内放送が流れる。錦を呼び出す放送に、省吾はこれ幸いと逃げ出そうとした。だが錦は省吾の腕をつかみ、離そうとしなかった。
「暴力で訴えるぞ」
「これのどこが暴力だ。用が済んだら進路指導室に行くから、お前もついてこい」
「用があるなら俺は後日でもいいだろ」
「後日にしたら逃亡するだろうが。お前の進路指導が今日の俺の最重要課題。分かったら大人しくついてこい。それか進路指導室に閉じ込めて内から出られないようにしてやろうか?」
後者を選んで窓から逃げ出すことも考えたが、進路指導室は四階にあるのを思い出す。二階までならなんとかなっても、四階は流石に分が悪い。
自分の腕に食い込む錦の指から、逃がしはしないと強い圧を感じた。進路など考えたことのない省吾にとって、とんだおせっかいだと辟易する。だが自分の進路指導が最重要課題と言ってくれたことに、言い知れぬ喜びを感じたのも事実だった。
一人が良いという気持ちと、錦が自分のことを考えてくれて嬉しいという相反する感情が、ぐちゃぐちゃになって省吾の中を渦巻く。
「マジで勘弁してほしい……」
それは自分自身に言ったのか、錦に言ったのかは省吾にも分からない。錦は省吾の腕を掴んだまま、呼び出された場所へと向かう。その間、ちらりと省吾を振り返ることがあっても、声を掛けてくることは一度もなかった
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