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告白
俺のせいか、と錦の悲痛な声が聞こえた。省吾はそれをすぐに否定する。
「あんたのせいじゃない。俺が勝手にやったことだ。俺があのオッサンのこと気に食わなくて、あんたを守りたいって勝手に……」
「ガキのくせに、なに生意気言っている。それで問題を起こして、停学や退学になったらどうするつもりなんだ。庇うにも限度があるんだぞ」
「それは俺の責任だ。あんたに庇ってもらおうなんて思っちゃない。停学にも退学にも従う」
「それで、親御さんをまた悲しませる気なのか」
省吾の言葉が詰まる。錦を守りたいという気持ちに偽りはない。だが母を悲しませたくない気持ちも本当だった。
「とにかく、お前は反省しろ。二度と変な気を起こすな。ガキに守ってもらわなきゃいけないほど、俺も落ちぶれちゃいない。ガキはガキらしく、真面目に学校に通っていればいいんだ」
ガキ、子供。昨日から大人たちに浴びせられるこの言葉に、省吾は不満を募らせていく。
子供だからまともに話を聞いてもらえない。子供だから守りたいと思っても、それを否定されてしまう。お前が出来ることは子供らしく、大人の言うことを聞いておとなしくしておくことだと、強要されているとすら思えた。
錦もそうだ。何かあると、すぐに自分を子供扱いする。一人の男として覚悟を持ってしたことも、子供のしたことだと片付けられてしまう。ふざけるなと思った。
「どいつもこいつもガキだの子供だの。年上ってだけで、先に生まれたってだけでそんなにも偉いのかよ」
「何……?」
「あんたらがいう子供だって、子供なりに必死で考えて、行動してんだよ。その気持ちを子供ってだけでないがしろにすんじゃねぇ。子供って一言で黙らせようとすんな」
図星なのか、錦は何も言い返そうとしない。
「あんたにとってはガキの浅はかな考えに思えるだろうよ。でもな、俺はあんたを守りたいと必死だったんだよ。苦しむ顔じゃなく、笑った顔を見せてほしいって、そう思ったんだ」
「速水……」
省吾は自分の言葉など子供の戯言と取り合わなかった谷崎を思い出す。子供で、価値のない人間だと蔑むような目をした谷崎は、春日部の言っていた通り汚い大人だった。だから谷崎が錦に何を言い出すのか、大体予想がつく。
「あのオッサン、大方俺のことは不問にしてやるから、あんたによりを戻すように迫ったんだろ。接してりゃ分かるよ。あんたが連絡を絶って二年間も会いに来なかったくせに。そういう汚いオッサンだろ、あいつ」
「……よせ。あの人のことを悪く言うな」
二年前に終わったと電話口で告げながら、それでも谷崎を庇う錦を理解できなかった。
「好きな人を悪く言うなってか。あんたもどうにかしてる」
「違う。俺はそんなつもりで言ったんじゃない」
「じゃあどんなつもりなんだよ。それに図星だろ? 俺を不問にする代わりによりを戻せって。あんたも俺を言い訳に受け入れようっていうのか? バカじゃねぇの」
「別に、お前のためにあの人とどうこうするつもりは――」
「でも迷ったんだろ。あんたの考えてることくらい、俺には分かる。二年前のこと、思い出せよ。誰も幸せになれないって分かっているから離れたんだろ。ならあんなやつのこと、突っぱねろよ! 俺は停学でも退学でも、なんでも受け入れてやる。それくらいの覚悟はあるんだよ。好きな奴身代わりにして平然としていられるほど、俺は出来た人間じゃない」
錦の目が見開かれる。
こんな形で気持ちを打ち明けるのは不本意だった。だが錦があまりにも馬鹿だから、どうしても我慢がならなかった。
「俺はあんたが好きなんだよ。だから守ってやりたいと思った。あんたに幸せになって欲しくて、だからあんなオッサンのところになんて、二度と行かせたくない。あんたにはいつも、笑っていてほしい……!」
精一杯の気持ちを、錦へとぶつける。それで自分が錦と結ばれるとは思ってはいない。ただ、少しでも言葉が錦に響いて、谷崎との関係を見直してくれればいいと思った。自分の告白が少しでも錦の心を動かせたら、たとえ叶わない恋でも少しは報われる。
錦は黙って省吾を見ていた。何も言われないのも、ただ見つめられるのも居心地が悪い。せめて何か言って欲しいと願うが、錦の反応は予想していないものだった。
「な、んで笑ってんだよ……」
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