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本音
錦は堪えきれないとばかりに、声を出して笑い出した。自分の言葉のどこに笑うほどおかしいところがあったのかと省吾は戸惑う。
「お前……俺が好きなんてどんな冗談だよ。吐くならもう少しマシな嘘を吐けって」
笑い過ぎて腹が痛いと言わんばかりに、錦は腹を抱えてそう言った。
受け入れてもらえないのは覚悟していた。だがそれ以前に、信じてすらもらえないのは省吾にとって大きなショックだった。心が凍り付き、口の中が乾いていく。
「俺は、真面目に……」
やっとのことで絞り出した声は震えていた。引きつる唇では、うまく言葉が話せない。
ひとしきり笑い終えた錦は、落ち着くのを待ってから呆れたように言った。
「真面目に言ったんだとすれば、それは幻想だよ。もしくは勘違い。お前くらいの年齢は年上に憧れを抱くもんなんだよ。最近俺といることが多かっただろう。それで勘違いして……」
何を言われているのか分からない。錦の言葉がなかなか頭に入ってこなかった。だが自分の気持ちをはっきり否定されたのだけは理解できる。
省吾は怒りで血の気が引いた。今まで怒りで頭に血が昇る経験はあっても、潮のように引いていくのは初めてだった。それほどまで、錦の言葉は省吾に大きな怒りをもたらした。
「ふざけんなよ……」
幻想、勘違い。そんな簡単な言葉で自分の気持ちを片付けてしまう錦に腹が立った。叶わなくても、受け入れられなくても、自分の気持ちを知ってもらえるだけで満足だった。だがそれすらも勘違いだと拒否されるのは我慢ならなかった。
「勘違いで大学まで乗り込むかよ。あんたのことが本気で好きだから! あんたのことを真剣に想っているから出来たことなんだよ!」
親ほど歳の離れた谷崎と対峙するのは、さすがの省吾でも緊張した。大学に乗り込むことは、敵地に赴くことと同じだ。それでも自分を鼓舞し、谷崎と話を付けようと思ったのは、それ以上に錦を守りたいと思ったからだ。
「その行動力はすごいと思うよ。勘違い、というか思い込みか? 思春期の恋なんてみんなそうだよ。憧れと勘違いがごっちゃになって、恋だと思い込む。でも一時的なものだよ。お前もしばらくすればすぐに忘れる。あの時なんで俺のこと好きなんて言ったんだろうってな」
「あくまで俺の気持ちを勘違いだって否定するんだな」
省吾は席を立つと錦に近付き、座る錦を見下ろす。自分より背の高い錦を見下ろすのは、これが初めてだ。
「言葉で信じられないのなら、行動に起こせば信じてくれるのかよ」
省吾は錦の胸倉を掴み上げると、そのまま唇を重ねる。怒りに任せた、触れるだけのキスだ。
錦の唇は、想像よりも柔らかかった。こんなシチュエーションでなければきっと舞い上がったに違いない。だが怒りに任せ、自分の気持ちを信じてもらうためだけにしたキスは、嬉しくもなんともなかった。
「……お前からキスしておいて、傷付いた顔するなよ。好きの説得力に欠けるんじゃないか?」
「うるせぇな。こんな形は不本意だ。でもそれであんたが俺の気持ちを信じてくれるなら、俺はいくらでも行動で示してやる」
「へぇ。キス以外でか? お前に何が出来るって言うんだ」
省吾にはこれ以上何も出来やしないと、錦は高を括っている。不本意なキス一つで傷付く省吾には、これ以上なにも出来るはずがないと。
馬鹿にするなと胸倉を掴む手に力がこもる。省吾は噛みつかんばかりの勢いで言った。
「ここであんたを抱けたら俺の言葉を信じるか? 言っとくが、俺はあんたのこと余裕で抱けるぜ」
それまで余裕だった錦の表情が、サッと血の気が引いたものになる。そこまで自分の内情を知られているとは、思ってもいなかったようだ。
錦は省吾の身体を突き飛ばす。その強さに身体を壁にぶつけた省吾は、思わず咳込んだ。
「俺のことガキだのなんだのバカにしておいて、ようやくまともに向き合う気になったかよ」
「ふざけるなよ、お前……」
「ふざけてねぇよ。ふざけてたのはあんただろ。俺は真面目に言ってる。俺があんたを好きなのを行動で示せって言うなら、俺はあんたのこと抱くことだって出来る」
「それをふざけてるって言ってんだよ、俺は!」
錦は机を手の平で強く叩く。大きな乾いた音が部屋中に響いた。だが省吾はそんなことで怯みはしない。今向き合わなくては、錦と二度と対等に話せないような気がした。
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