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覚悟

   省吾は自室の片隅で、ただぼんやりと時間が過ぎるのを待っていた。  錦に自分の気持ちを打ち明け、受け入れてもらえないばかりか勘違いだと否定されてから一週間が経った。いつまでも逃げることは出来ないと理解していながら、どんな顔をして錦に会えばいいのか分からない。きっと錦のことだ。何事もなかったように普段通りの態度で接してくるに違いないが、分かっていても登校する勇気が出なかった。  「フラれてから顔を合わせるって、告白するよりも勇気がいるな……」  気持ちを受け入れてもらえないのは覚悟していたつもりだ。勘違いだと否定されたことに傷付きはしたが、突然の告白を信じてもらえないのも当然だと思った。錦にとって自分は生徒の一人で、なおかつ手のかかる問題児だ。そんな生徒の言葉を信用できないのは、自分の落ち度だとすら思えた。  告白して唇を奪い、挙句の果てに抱けるとまで豪語してしまった。とてもじゃないが、合わせる顔がない。だが流石に週明けからは学校にいかないと、母親の堪忍袋の緒もそろそろ限界が近かった。  どうしたものかと頭を悩ませていると、インターホンの音が聞こえてくる。省吾だけなら居留守で通したが、今の時間は母が家にいた。いそいそと玄関先へ向かう母の存在を壁越しに感じながら、突然の来客に省吾は無関心だった。  だが聞き覚えのある声が薄い壁の向こうから聞こえてきて、無関心だったはずの省吾は飛び跳ねそうになる。 「え、うそ……まじで……?」  こんなに甘くて耳に心地よい低音の声を、聴き間違えるはずがない。来客は錦公太郎に違いなかった。  何故家に錦が来るのだろう。確かに学校を休んではいるが、一週間そこらで自宅まで来るとは思ってもいなかった。  錦は省吾の母と二、三言葉を交わすと、真っすぐ省吾の部屋へとやってくる。まだ顔を合わせる心の準備が出来ていないと、身を隠そうと試みるが、あいにく省吾の部屋に人が隠れられる場所などない。仕方なく引きっぱなしだった布団の中に潜り込むと、無駄だと分かっているがせめて小さくなろうと身体を丸めた。  引き戸を引く音と共に、錦の小さな笑い声が聞こえてくる。 「なんだお前、座敷童みたいな恰好だな」  一週間ぶりに聴く錦の声に、省吾の心臓が高鳴った。酷いフラれ方をしたが、やはり自分はまだ錦が好きなんだなと再認識する。 「……なんであんたがここに来るんだよ」 「なんでって、お前が無断欠席しているからだろ。一週間そこら休んだだけで、俺がお前の担任なのを忘れたのか?」  ざっくばらんな口調は教師としての錦でなく、プライベートの錦の特徴だ。 「あんた、そんな素でいいのかよ。母さんは?」 「俺と入れ替わりで仕事に行ったよ。ここに来る前電話でやり取りしているから無断で侵入しているわけじゃないぞ。息子をよろしくお願いしますってさ」 「なにがよろしくお願いしますだよ……」 「珍しく深刻そうな顔で悩んでいるみたいだからって心配していたぞ。あ、そうそう。お前三者面談のこと本当に何も伝えていなかったんだな。俺から伝えたけど、えらく驚いていた」 「……面談とか、どうでもいいし」 「そう思っているのはお前だけだ。進路に悩んでいるみたいだって伝えたら、お前が望むなら進学だってさせてやりたいって。良いお母さんじゃないか、美人だし。どことなくお前に似ているよな」  遠回しに自分も褒められているようでむず痒い。フラれて合わせる顔がないのに錦の声が、言葉が嬉しくて顔が紅潮した。省吾はますます布団から出ずらくなる。 「それで、一週間も続く腹痛ってのはどんなだ。仮病も大概にしろよ」 「うっせーな。盲腸とかその、色々あるだろ」 「盲腸のやつが平然と一週間も引きこもれるはずないだろ。吐くならもっとマシな嘘を吐け」  錦は小さく息を吐くと、布団のすぐ側に座り込む。 「……俺が原因なんだろ。休んでいるの」  生徒指導室で話をしていた時と同様の、真面目なトーンの錦に、省吾は身を固くする。 「別に……。あんたのせいじゃない。俺が自分の意思で休んでいるだけだ」 「格好つけるなよ。褒められた態度じゃなかったのは間違いない。……悪かったと思っている」 「……それ、どういう意味で謝ってんの」  ただ態度が悪かったことを謝っているのか、気持ちを受け入れられないことを謝っているのか、省吾にはその判断が出来なかった。  ただ怖いと感じる。これから錦が紡ぐ言葉が怖くて震えそうになった。 「なぁ、まずは布団から出て顔を合わせて話をしないか? 大事な話だろ」 「断る。俺は腹が痛いんだよ」 「まだ言ってるのか。ま、俺は構わないけど」  省吾は布団の中で息を潜めて錦の言葉を待つ。どんな言葉が来ても動揺はしない。傷付きもしない。受け入れられないと断られても、勘違いだと否定されるよりも遥かに良い。腹にぐっと力を込め、省吾は覚悟を決める。

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