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一日だけの恋人
そう言った錦の目は、すでにそんな未来を覚悟しているかのように切ないものだった。
「……そんな目で忘れられるなんて言われたら無理だろ。こっちが忘れられるかよ」
一年と少しの時間は、学生である省吾にとっては随分長く感じられた。そんなに待てないと駄々を捏ねることもできる。だがここまで真摯に自分と向き合ってくれた錦の覚悟をないがしろには出来なかった。省吾も腹を括る。
「卒業式の日、あんたを迎えに行く。あんたの横に並んでも恥ずかしくない男になって、迎えに行くから。約束する」
絶対に嘘は吐かないと、力強く省吾は言った。錦は少し恥ずかしそうに唇を結ぶと、小さく頷く。喜びを噛み締めているような錦は幸せそうで、今なら省吾の願いを叶えてくれそうに思える。
「だからさ、先生。今日だけは俺に証明してくれないか?」
「証明?」
「そう。本当は俺のこと好きだっていう証明」
「そう言われても……。どうすればいい?」
「簡単だよ。明日からは教師と生徒でいい。だから今日だけ。今日だけは俺の恋人になって。あんたを抱かせてほしい」
錦は目を見開き、顔を紅潮させていく。その様子はまるで生娘のようで、省吾は自分よりも年上で大きな男に対し、素直に可愛いと思った。
「あんたを抱いた記憶があれば、俺は卒業式の日まで頑張れるよ。もう一度あんたを抱くために頑張れる」
省吾は懇願するように錦の手を取り、甲に口づけた。
「……お前、俺の話聞いていたよな? 抱かれたら明日からめちゃくちゃ意識するだろ」
「いいじゃん、意識してよ。俺のこと意識するあんたも見てみたい」
「お前なぁ……」
「俺も不安なんだよ。あんたモテるし。色んなやつに囲まれて、俺のこと好きなんて気持ち消えちまうんじゃないかって。一度だけでもあんたを手に入れたって心から思いたい。あんたに触れてみたいんだ」
「モテるのは俺じゃなくて、仮面の俺だけどな。俺のこと好きなんて真面目に言ったのは、お前だけだよ。でも今日抱きたいって言われるのは想定外だった」
「嫌か? 俺に抱かれるの」
以前抱けると言った時、錦は烈火の如く怒りを露わにした。挑発したからだと思っていたが、年下の男にそう思われたのが嫌だったのではと、今更ながら不安になる。
「嫌じゃない。春日部に聞いたんだろ。俺が抱かれたい男だって。好きな男に抱きたいって言われたら嬉しいに決まってる。ただ……」
「ただ? なんだよ」
「……しばらくそういうことはしていないから、ちょっと覚悟がいるというか……」
求められていることに嬉しさを感じつつも、それ以上に羞恥を感じているらしい錦に、省吾の心がくすぐられる。
「あ、今ちょっとムラッときた」
「なんで今のでムラッとくるんだよ、お前は」
「別にいいじゃん。……見せてよ、その覚悟。それが俺のこと好きっていう何よりの証明じゃん」
自分の中で折り合いがつかないのか、錦は赤くなりながら狼狽える。だがやがて覚悟を決めたようにこう言った。
「今日だけ。恋人は今日だけで、明日からは教師と生徒だぞ」
「分かってる。だから触れるのも今日だけ」
錦は観念したのか、深い息を吐き出した。
「次は卒業式の後だからな。……ただし、マジで手加減してくれよ。覚悟はしているけど、久しぶりだしお前の勢いがちょっと怖い」
赤くなったり羞恥でまごついてみたり、挙句の果てには怖がってみたり、普段の錦からは考えられない姿に省吾は興奮を抑えられない。だが流石にここで嫌われるわけにもいかないので、最大限努力しようと思う。
「……善処します」
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