44 / 51
触れてみたい
錦は自分の肌を見せない男だ。学校ではきっちりとスーツを着用し、ネクタイが緩んでいるところも見たことがなかった。夏でも長袖のワイシャツに身を包み、首元までしっかりネクタイを締めている。クールビズとは無縁の男だ。
だからかもしれない。ただネクタイを外し、ほんの少し肌をさらけ出させただけで、省吾の目には非常に扇情的に見えた。
「服くらい、自分で脱げる」
「いや、脱がせるのも楽しみの一つだろ。俺から奪おうとすんなよ」
「楽しみって……楽しいか、これ」
不器用にもたもたとシャツのボタンを外していく省吾に、錦は呆れた顔でそう言った。
省吾は返事をしない。まさか本当に錦を抱けるとは思わなかった。興奮と緊張と、失敗せずにちゃんと抱けるかという不安が入り交じり、正直あまり余裕がなかった。ただずっと憧れ、触れてみたかった錦の身体に触れられることが、嬉しくてたまらない。
ボタンを外し、完全に上半身をはだけさせると、省吾は錦の肉感的な身体に生唾を飲み込む。
「なんかすげーリアル。詰まってるって感じがする」
「詰まってるって、なんだよその感想」
「想像していたよりも生き物っぽいというか。彫像みたいなもんかと思っていたけど、ちゃんと人間だ」
「そりゃ、生きているからな」
省吾は錦の脇腹をすっと撫でる。男の肌なのになめらかで、手の平に吸い付くほどしっとりとしていた。男の身体は女と比べると固くて抱き心地が悪いと聞くが、弾力のある錦の身体は触れるだけで心地が良い。
普段は衣服に包まれ、抑え込まれていた錦の匂いが濃く香る。錦のベッドで嗅いだ匂いよりも甘く感じるのは、この状況のせいだろうか。熟した果実に似た香りは省吾の頭の奥にまとわりつき、思考を停止させる。
たまらず省吾は錦の首筋に顔をうずめ、薄い皮膚を吸い上げた。ここなら跡が残っても襟で隠れて見えないだろう。自分だけが知る情事の跡は、想像するだけで滾るものがある。
上半身の肌を堪能していた手をゆっくりと下へ滑らせていく。同じ男の衣服など、見なくともどうすれば脱がせられるか分かっていた。緊張や不安よりも興奮が勝り、いささか早急に錦を脱がせようとする。だがその手は錦によって止められた。
「お前だけ服を着て、俺ばっかり脱がせようとするな。脱がせるならお前も脱げよ」
「いいけど、脱いだらもう止められないぜ」
だが錦が望むならそれに応えよう。省吾は勢いよく服を脱ぎすて、下着だけの姿になる。興奮と期待で下腹部が少し反応し始めていたが、恥ずかしいという気持ちはなかった。錦の身体を見て反応するのは、男として男の錦を抱ける証なのだと言っているようなものだ。
「……思ったよりも逞しい身体付きをしているんだな、お前って」
直視することが恥ずかしいのか、錦は目をさ迷わせながらそう言った。だがチラチラとこちらの様子を見ているのが愛らしい。
「鬱憤溜まったら筋トレで解消してるからな。あんた、逞しい方が好み? それならもっと頑張るけど」
「なんだ、俺の好みに合わせてくれるのか?」
「出来る範囲なら。あんたにもっと好かれたいし」
お望み通り脱いだぞと、省吾は錦を自分と同じ下着姿まで脱がせる。
錦は決して細くはない。ふくよかではないが骨が太いのか頑丈そうな体型をしている。実際ここで省吾がもたれかかっても軽く受け止められる逞しさはあるだろう。それは分かっているのに省吾の目には艶めかしく映り、目の毒だった。スーツの下にこんな肉感的なボディを隠していたのかと、どぎまぎする。
夏でも長袖を着ている錦の肌は白い。元々色素が薄いのだろう。栗色の髪も染めているのかと思ったが、恐らく天然のものだ。
錦の下腹部も、これからのことを期待してかわずかに下着を持ち上げていた。今まで何度も子供だと馬鹿にされてきたが、今は一人の男として見てくれていることに省吾は安堵する。
省吾は錦の身体を堪能しようと覆いかぶさろうとした。だが錦に胸を押され、引き離されてしまう。
「今度はなんだよ。ちゃんと脱いだだろ」
興奮状態でお預けを食らわせてくる錦に少し苛立つ。照れるのも怖がるのも可愛い反応だが、我慢ばかりで辛かった。
「いや、だってお前ぐいぐいくるし。ほら、男抱くの初めてだろ」
「初めてだけど、あんたを好きになってから多少は勉強した」
「そんなもん勉強するな。もっと他に勉強することがあるだろう」
「これも大事な勉強だろうが。あんたの身体に関わることだし」
「そりゃそうだけど……」
「ローションあるし、出来るだけ丁寧に優しくするから」
続きをせっつく省吾だが、錦はなかなかその先を許そうとはしない。
「なんでここまで来てお預けなんだよ。抱かせてくれるんだろ」
「抱かせてやる。やるけど、そこまでの準備は俺がやる」
「なんでそうなるんだよ。そりゃ男は初めてだし、あんたが怖がるのは分かるけどさ……」
そんなに雑で乱暴なセックスを好む男に見えるのだろうか。ここに来て少し凹む。
「あんたが怖いなら最後までしなくても構わない。ただあんたに触れたいんだ。あんたが俺の腕の中にいる実感が欲しいっていうか」
自分の手で、今まで見たことのない顔を錦にさせたい。身を任せてもらえたら、それだけで自分を信用してもらえているのだと満足できる。裸で無防備な姿を見せるセックスは、何よりの信頼の証だ。
ともだちにシェアしよう!