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卒業

 錦と身体を繋げて、一年以上の時が過ぎた。気が付けば今日が卒業の日だ。  あれから色々なことがあった。最初は気持ちを確かめ合いながら一年以上も恋人に慣れないことに不満や寂しさもあったが、次第にそんな感情を抱いている余裕がなくなるほど、省吾は多忙な時を過ごしていた。  錦や母親と相談し、進路先を決めた省吾は生まれて初めて勉強というものに真面目に取り組んだ。今まで授業は受けていたが、正直勉強する気はさらさらなく、ただ机に向かってぼんやりとしていただけだ。初めて自主的に勉学に向き合ってみると、目標が出来たせいか辛さよりも楽しさが上回った。分からないことは錦はもちろん、他の教師に質問した。初めは戸惑い、省吾に怯えた素振りを見せていた教師たちも、真摯に取り組む省吾を見て考えを改めたのか、次第に色眼鏡で省吾を見ることがなくなった。  そんな教師たちを目の当たりにするうちに、省吾は今まで自分から他人に対し壁を作っていたことを知る。自分は他の生徒たちと違って問題児だから避けられて当然だと、自ら高い壁を設けていた。すぐには自分も周りも変われない。だが少しずつ壁を低くし、いずれ取り払うことできっと他人とも向き合えるはずだ。省吾はクラスメイトと打ち解けようと、少しずつ努力した。気持ちを内に溜めず話せと錦に言われたように、出来るだけ態度を改善していった。今まで省吾を恐れていたクラスメイト達は、省吾の変化に身構えた様子を見せていたが、一言また一言と会話を重ねるようになるにつれ、その態度も軟化していった。三年になるころには友人とも呼べる存在もでき、自分が変われば周囲も変わるのだと、省吾は実感することが出来た。  勉強と共に始めたアルバイトは、正直楽しいものではなかった。出来るだけ人目を避けた仕事の方が良いと、力仕事である荷物の仕分けを選んだが、それが体力的に非常にきつかった。慣れるまでは家に帰るとすぐに寝てしまい、勉強どころではなかった。だが学校に許可までもらって始めたバイトを簡単に辞めることも出来ず、とにかく粘り強く続けるしかなかった。  バイトとはいえ仕事には金銭が絡む。給料を貰っている以上、そこに年齢など関係がない。大人と対等に扱われることで省吾はいかに自分が子供であり、大人に甘えていたのかを知った。そして職種は違うが、母に感謝の念を覚える。母は今まで泣き言を漏らさず、辛い仕事に耐え自分を育ててくれたのだと、そのすごさを改めて実感した。  この一年と少しの間で、目に映る世界が随分変わったと省吾は思う。まだまだ子供かもしれない。だが確実に、以前よりは成長している。勉学に励み、人と関わり、社会を知ることで目の前の景色が少し変わった。  だが変わらないものも確かにある。  省吾の左腕には、錦の分身が変わらず時を刻み続けている。この時計にもずっと励まされた。省吾にとってお守りのような存在で、どんな時も肌身離さなかった。だがそれも今日までだ。もう変わりは必要ない。  省吾は錦の姿を探す。どこを探しても見つからず外を探そうかと考え始めたとき、省吾はある場所を思い出した。すべてはあそこから始まったのだ。  錦はきっとそこにいると、省吾の足が速くなる。軽やかに階段を登り、久しぶりに屋上へと向かった。鍵が壊れているのも、蝶番が錆びついているのも変わっていない。まるで昔に戻ったみたいだと錯覚しそうだった。扉を開けたら長い夢から覚めて、全てなかったことになるのではと不安になる。  省吾は大丈夫だと深呼吸し、左手首に着いている腕時計にそっと触れる。この時計と共に時を刻んできた。もうあの頃の速水省吾はどこにもいない。少しだけ大人になった速水省吾が確かに今、ここに存在していると実感できた。  勇気を出して扉を開けると視界いっぱいに広がる青空が省吾を迎えてくれる。そしてその下でどこか感傷に浸っているような錦を見つけ、ようやくここまでこれたのだと胸がいっぱいになった。

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