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第17話 Vanilla Sky

 現場周辺の花屋をくまなく調べ、防犯カメラを確認したが、それらしい人物を見つけることはできなかった。薔薇だけの花束ならまだしも、予約ではなくその日に店に来て数種類の花を組み合わせた花束を買っていたり、現金で支払いをしていれば、特定するのは困難だった。花の鮮度から想定して事件の三日前まで絞ってSNSでの予約も調べたが、条件に合致する人物は皆無だった。  「このまま昼飯食いに行こう」  「そうするか。Skyのカフェに行こ……」  「Corkに行く」  「毎日、送っていってんだろ」  「そっちだって毎朝会ってちゅっちゅしてきてんだろうが」  「わかった、わかった」  車はVanilla Skyの前を通り過ぎ、Corkの駐車場へと入った。  「あそこの花屋もダメだったんだよな」  「Vanilla Skyの向かいの花屋か。一番最初に(はた)が聞き込みに行って、カメラにもそれっぽい人は映ってなかった」  「この辺で買ったんじゃんないとしたら、もう調べようがないしな」  二人がレストランの中に入ると、奥でテーブルを片付けていた瀬那が気づいて嬉しそうに微笑んだ。  「なんだ、けっこういい感じじゃないか」  「ここまではな」  「ここまでは?」  水の入ったグラスのトレーを片手に、瀬那が近づいてくる。  「いらっしゃいませ」  「やあ」  「いつもの」  「かしこまりました」  厨房へオーダーを伝えに行く瀬那の後ろ姿を見つめる壮介に、陽大(はると)は呆れたようにため息をついた。  「よだれ」  「あ?」  「鼻の下伸びすぎて、よだれまで出てるぞ」  「何言ってんだよ、ただ見守ってただけだ」  「見守るってより、穴があくほど見つめてたけど」  「しょうがないだろ、可愛いんだし」  陽大はちょっと驚いたような表情で壮介を見つめた。  「何だよ」  「いや、意外と素直なんだなと思って」  「おまえじゃあるまいし、そんなとこで意地張ってもしょうがないだろ」  「俺は意地なんか張ってない」  「十分張ってたって」  やがて瀬那が壮介にはいつものハンバーガーセットを、陽大には全粒粉パスタとサラダのセットを持ってきた。  「ありがとう」  「今日も聞き込みですか」  「ああ、もうへとへとだよ。どっかで休みたい」  「かなり疲れてるみたいですね。壮介さん、今日は無理して送ってくれなくても大丈夫ですよ」  「ち、違うって、そうじゃなくて、俺が言いたいのは、休みたいってのは、つまり……」  「早く帰って休んだ方が」  「だから違うってば。絶対に迎えに来るからな」  「無理しなくても……」  「瀬那ちゃん、壮介の隣にちょっと座ってやって」  「え?」  「なぜか落ち込んでるみたいだから」  「そうですか……?」  瀬那は怪訝そうな顔をしながらも、いそいそと席を奥に詰めた壮介の横に座った。  「でも、本当に毎日大変そうですね」  「ああ。だから癒しが必要なんだ」  「癒し、ですか」  「そう、癒しだ」  じっと見つめてくる壮介を、瀬那はきょとんとした表情で見つめ返す。  「まったく、コントか」  「あ? おまえ、自分が幸せだからって」  「幸せ? 陽大さんは何かいいことあったんですね」  「毎朝、濃厚な時間を過ごして出勤してくるからな」  「壮介」  「そうなんですね」  「まともに聞かなくていい。それより、この辺で怪しい人間を見かけたりはしてないよな?」  「ええ、今のところ、特にそういう人は見かけてないので大丈夫です」  「変な奴がいたら、すぐに教えてくれ」  「すぐに俺に連絡するんだぞ」  「わかってます」  瀬那はにっこりと笑った。  「でも、なかなか捕まらないですね」  「ああ。手がかりが少なすぎて」  「二つめの事件とかは、バーの防犯カメラにも怪しい人は映ってなかったんですか?」  「なんとか全員特定したけど、みんなアリバイがあるし、被害者と接点があるのは客で来たってことだけで何も出なかったんだ」  「陽大、瀬那は蒼空(そら)くんと違うんだ、事件に巻き込むな」  「ああ、そうだった。悪い」  「私なら大丈夫ですよ」  「終わったら連絡する」  「はい」  美優(みゆ)に呼ばれて、瀬那は厨房へと戻っていった。その後ろ姿を、陽大は何となく眺める。  もし犯人が女の格好をしていたら……俺たちは男の格好をした奴ばかり探してたけど、もし男が女の格好をしてたとしたら……?  「壮介、食べたら戻るぞ」  「どうした?」  「映像をもう一回確認だ」  「何か思いついたのか?」  「とりあえず、見てみてからだ」  「わかった」  「ところでいつの間にか呼び捨てなんだな」  「え?」  「瀬那ちゃん」  「な、何だよ、毎日送ってるし、呼び捨てぐらいいいだろ」  「別にダメとは言ってないぞ」  「うるさいな。蒼空くんのことも呼び捨てさせてもらうぞ」  「呼んだらぶっ飛ばす」  「……で、いたの? 女で怪しい人間は」  ソファに座って食後のコーヒーを飲んでいる陽大に蒼空が訊いた。  「いや、いなかった。そもそもあの日、薔薇の花束を持ってバーに来てる人間がいなかったし」  あの後、二人は署に戻って、雅人が殺された日のバーの防犯カメラの映像をもう一度くまなく確認した。しかし、女性客で怪しい素振りを見せる人間はいなかった。そもそもその日の女性客は全員、男性と一緒に来ており、アリバイもほぼ男性客と一緒だろう。  今日はその映像確認の仕事を終えると、陽大と壮介はきっちり定時で退勤し、それぞれの目的地へと向かったのだった。  陽大はドアを開けて自分を迎えた時の蒼空を思い出す。  「おかえり」  そう言って、蒼空はにっこり笑った。新婚夫婦のようなそのシチュエーションに、陽大の頬が自然と緩む。  毎日こうだったら、どんなに幸せな生活だろう。  「……ねえ、陽大ってば」  「え?」  「話聞いてる?」  ぐいっと陽大の隣に座り、蒼空が顔を覗き込む。  「あ、ごめん、ちょっと考えごとしてて」  「やらしいこと考えてた?」  「は? な、何言ってるんだよ、事件のことだよ、当たり前だろ」  「ふーん」  「今日の映像のことを考えてたんだ」  「あっそ。でも結局わからなかったんだろ」  「手分けして目を皿のようにして見たけど、何も見つからなかった」  「……ねえ」  「ん?」  「いつの映像を見たの?」  「いつのって、事件当日のだよ。19日の午後7時の開店から20日午前2時に被害者が店を出るまでの7時間分」  「前の日のは?」  「前の日? 事件前日の映像?」  「うん。というより、最初の事件当日の映像」  陽大ははっとしたように蒼空の顔を見た。  「もし犯人が何かの口封じで二番目の被害者を殺したんだとしたら、彼が見たのは19日じゃなく、最初の被害者である女性従業員が店長に刺された18日じゃない? その日に、例えば薔薇の花束を持ってバーに行ってたとか」  「確かにそうだ。よし、明日の朝イチで前日の分の映像を回収して、調べてみる」  「手がかりが見つかるといいね」  「おまえ、マジで天才」  「今頃わかったの?」  ちょっと得意げな顔をして、陽大を見て笑った。たまらず陽大は蒼空を抱きしめる。蒼空は体をずらすと、ソファに座っている陽大の腿にまたがるようにして腰を下ろした。  やばい。この体勢はやばい。この抱っこしてるような格好でいられると、俺は理性を保てるかわからない。  蒼空の腕が、ゆっくりと陽大の肩へとかかる。  「また俺からこうしなきゃだめなの?」  軽く口を尖らせ、陽大に顔を近づけていく。  「いや、今日は俺からだ」  そう言うと、陽大は蒼空の腰を掴んでぐっと自分の方へ引き寄せた。急な動きに蒼空がびくっと反応する。朝よりも短いショートパンツを履いている蒼空の太腿を、陽大の指がそっと撫でていく。  「このショートパンツ、外に履いてくのは禁止な」  「さすがに外には履いていかないけど」  「絶対にダメだぞ」  「どうして?」  陽大は滑らかな蒼空の肌に指先を滑らせる。  「こんなことされたら、どうするんだ」  「されないよ」  「でも、ダメだ。他の奴には見せるな」  「それって、やきもち?」  「……ああ、そうだ」  蒼空は嬉しそうに微笑み、陽大の額に軽く口づけた。陽大は蒼空の首筋に手を当てて引き寄せると、その柔らかな唇にキスをした。もう一方の手は腿の内側を撫でながら、少しずつ上へと移動していく。敏感な部分を触られ、キスの合間の蒼空の吐息がだんだん荒くなっていった。  「陽大……」  「悪い……俺、やっぱ変なことばっか考えてるっぽい」  「変なことって、どんなこと?」  「こんなこととか……」  「あっ……」  ショートパンツの脇から陽大の指が中に入っていく。  「こんなこととか……」  「や……あ……」  「おまえ……めっちゃエロい……」  「何言って……」  頬を紅潮させて俯く蒼空に、陽大はもう我慢ができなかった。体勢を反転させてソファに押し倒し、首筋に唇を這わせる。次第に蒼空の口から喘ぎ声が漏れてくる。Tシャツをめくって、ピンク色の突起を舌で転がすように舐め始めた時、いきなり陽大の電話がテーブルの上で鳴った。  音と振動に驚いた陽大は跳ね起き、慌てて電話を取ると相原からだった。  「もしもし、班長」  「夜遅く悪いが、今すぐ来てくれ」  「今からですか?」  「三人目の犠牲者が出た」  「えっ? 三人目の犠牲者?!」  陽大の言葉に蒼空も目を見開き、呆然とした表情で二人はお互いを見つめていた。

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