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第35話 Vanilla Sky〜Dask Till Dawn

 蒼空(そら)の家に帰ってきた陽大(はると)は、すみれの捜査を引き受けろと言った蒼空の言葉に悩んでいた。  管轄が違うことや、すでに事故として処理されている件であり、再捜査はかなり難しいが、自分に言ってきたということは蒼空の中で何か引っ掛かることがあるのだろう。写真の男が自分たちと同じホテルにいたということも、まるで導かれているようにも思える。しかし、陽大ができることには限りがあるのが現状だ。事故で処理した以上、こちらの要請にも簡単には応じてくれないだろう。  寝る前にいつも淹れてくれるハーブティーのカップを二つ手に持ち、蒼空は陽大が座るソファへとやってきた  「はい」  「サンキュ」  隣に座り、カップに息を吹きかけて冷ます様子は大学生の頃と変わらない。  「……何見とれてんの」  「変わらないなと思って」  「あのさ、否定してよ」  「何を?」  「見とれてるって。冗談で言ったんだから。恥ずかしくなるじゃん」  「だって本当だし」  蒼空はわざと顔をしかめて唇を尖らせ、そっぽを向いた。心なしか、耳たぶが赤くなっている。  「なあ、蒼空」  「なに」  「あの子の捜査を引き受けろって話だけど」  「管轄違うから厳しい?」  「ああ。それに事故で処理されたものを覆すのは、管轄外だとさらに難しい」  「だったらさ、俺がやっていい?」  「おまえが? 何言ってるんだ、ダメに決まってるだろ」  「捜査とかじゃなくて、彼女の相談に乗ってあげて、調べられるとこを手伝うって感じで」  「だめだ。何かあったらどうするんだ」  「危ないことはしない」  「そんなの、いつどうなるかわからないだろ。だいたい、何でおまえが首を突っ込むんだ」  「旅行先で会ったあの二人が、彼女のお姉さんの事故と関係があるのか、ないのかだけでも知りたいんだ。何も関係ないならそれでいいし、もしあるとしたら放っておけないよ」  「俺はおまえに危険な目に遭ってほしくないんだ」  「だから危ないことは絶対にしないって。約束する」  真剣な表情で陽大を見つめる。頑固な自分と比べてかなり温和に柔軟な対応をしてくれる蒼空だが、実はこうと決めたら誰が言っても引かない面を持っていることを、案外他の友人たちは知らない。もしかすると、それは自分だけに見せてくれる素の部分なのかもしれない。  「聞いていいか」  「なに」  「俺に……隠してることはないか?」  「隠してること?」  「その、隠してるというか、隠すつもりはなくて、俺を心配させないように言わないでいることとか……」  「……ないよ」  「本当か?」  「元班長の事件のこと?」  「……ああ」  蒼空はカップをテーブルに置き、体を陽大の方に向けた。  「逆に、陽大は何を心配してるの?」  「俺は……おまえが何か嫌な思いとか、怖い思いをしたんじゃないかと……」  「……確かに怖かったよ。あの人、大丈夫かって言いながら俺の体に触ってきたから」  「触った? どこを触られたんだ?」  「腰のあたりだよ。すぐに俺から離れたけど」  怒りを堪えて膝の上でぐっと拳を握りしめている陽大の手に、蒼空は自分の手をそっと重ねた。  「蒼空、相原元班長は……あいつは、おまえを……」  「四番目の標的にしてた?」  「……知ってたのか?」  「いろいろな事実から推理しただけ。もちろん、あの場ではそんなことわからなかったけどね」  「俺は、おまえを二度とあんな目には遭わせたくないんだ」  「陽大」  蒼空は小さく微笑むと陽大の太腿の上にまたがり、向かい合って彼の首に腕を回した。  「陽大が俺を大切に思って、守ろうとしてくれてるのはよくわかるし、すごく嬉しい。でも、俺だっておまえを守りたいんだ。守られるだけじゃなく、ちゃんと愛する人を守りたい。陽大はいつも俺をお姫様みたいに扱うけど、俺は守られるだけのお姫様じゃないからね」  凛としたその眼差しに、陽大はまたしても見惚れていた。  「聞いてる?」  「ああ、聞いてる。強くて逞しいお姫様の話をね」  「……バカにしてるよね」  「してないって」  「いい、わかった」  「本当だって、バカになんかしてない」  「そんなに俺を姫扱いするなら、その姫の言う事を聞いてくれるよな」  「いや、それは時と場合によって……」  「危ないことはしない。店もあるし、仕事ほったらかすわけにはいかないし。ただ彼女が調べるのを手伝ってあげるだけ」  「……絶対に危ない真似はしないって約束してくれ」  「約束する」  しぶしぶため息とともに頷いた陽大の首に蒼空が抱きついた。  「じゃ、もう一つお願いを聞いて」  「まだあるのか」  「そ、姫の言う事だからね、ちゃんと聞かなきゃ」  「何だ」  「今、してほしいことを言って」  「え?」  蒼空は跨っている自分の太腿を少し前にずらし、より陽大の体に密着させるようにしてにやりと笑った。  「ほら、言って」  「言ってって……」  「何をしてほしい?」  「……前言撤回」  「姫って言葉を取り消す?」  「ああ。姫じゃなく小悪魔だな」  「そっちの方が響きはいい」  「こっちの身にもなってみろ」  「どうして?」  「大変なんだよ」  「どこが?」  「……あそこが」  蒼空は涼しげな表情でさらに体をくっつけてくる。  まったく……人の気も知らないで、この小悪魔な姫め。  「言って」  「……何て言ってほしいんだ?」  「それはずるいよね。ちゃんと自分の口で言ってよ」  「俺はこのままで十分嬉しいけど」  「そう? ここはこんなになってるのに?」  そう言いながら、少しずつ膨らみを増してきている陽大の股間をさするように撫でる。  「陽大からお願いして」  「……キスしてくれ」  とうとう陽大の方が折れた。その言葉に蒼空は満足そうに微笑み、優しく額に唇を寄せた。  「はい」  「……わざとだろ  「どこにしてほしいって言わないから、俺がしたいとこにキスしたんだ」  どうやら今夜は陽大をとことん虐めるつもりらしい。  そっちがその気なら……陽大は敢えてまったく関係ない話題を振ってみることにした。  「ところで、おまえいつから時計に詳しくなったんだ?」  「え?」  「あの写真の時計と同じだって、よくわかったな。しかもブランドまで」  「だって、ウブロだよ? 有名じゃん、そんなのみんな知ってるでしょ。ロレックスとかフランクミューラーとか、その辺はわかるよ。道歩いててポルシェが走ってたらすぐわかるじゃん、それと同じ」  「そんなもんか?」  「そうだよ、だって陽大だって知ってるでしょ」  「まぁ、俺は……」  「まさか持ってる?」  「俺が? いや、持ってないよ。父さんが持ってたと思う」  「そう……」  「どうした?」  「いや、なんでもない」  意地悪をして違う話題を振ってみたのに、なぜか蒼空は少し慌てたように早口でまくしたて、やや眉間にしわを寄せて何か考えているようだった。  「蒼空?」  「うるさい」  お姫様は何の理由かわからないが、ご機嫌斜めらしい。散々煽っておきながら、自分から唇をふさぐようにキスをしてきた。舌を絡められ、首の後ろを細い指が撫でる感触に陽大は思わず反応し、股間はさらに膨らみを増した。  「もっとしてくれ」  唇を離すと唾液が糸を引くように蒼空の太腿の上に落ちた。相変わらず蒼空は、自宅では腿のつけ根が見えるのではないかというくらい短いショートパンツを履いている。その滑らかな肌をさすり、陽大はキスをせがんだ。  「何を?」  潤んだような瞳で蒼空が訊く。  「キス。口にしてくれ」  「それだけでいいの?」  今度は舌を絡めずに、ちゅっと音を立てて唇にキスをする。  「脱がせてくれ」  「……いいよ」  シャツのボタンを一つ一つゆっくりと外していき、綺麗に盛り上がった筋肉のついた肩から滑らせて脱がせる。そのままズボンのファスナーに手をかけ、蒼空は挑発するような目つきで陽大を見つめた。  「こっちも?」  「ああ、そっちも。脱がせて、直接触ってほしい」  「急に素直になったね」  「おまえに気持ちよくしてもらう方が、意地悪されるよりずっといい」  「俺に気持ちよくしてほしいの?」  「ああ……」  「じゃ、これは?気持ちいい?」  「ああ……気持ちいい……」  「だめ、もっと言って」  「気持ちいいよ、蒼空……もっと……」  「もっと……ここ? それとも……こっち?」  「あっ……いい……そこ……」  目を閉じて荒い息遣いで快感に身を委ねている陽大に、蒼空はどんどん興奮していった。  「俺のことエロいって言うけど、おまえだって十分エロいんだけど」  「それは、おまえが……んっ……」  蒼空はピンク色の舌で陽大の胸を舐め上げた。そのまま乳首を口に含み、舌先でちろちろと舐め続ける。蒼空の手の中で膨張しているモノがさらに硬さを増していく。  「だめだ、もう我慢できない」  「いいよ、我慢しなく……えっ?」  主導権を握っていたはずの蒼空が、あっという間に陽大に背中を抱きかかえられてソファに押し倒された。  「ちょっと待って陽大、ずるいよそんなの」  「しょうがないだろ、おまえが挑発するから」  「だから、そのまま気持ちよくなってくれれば……」  「ここに挿れた方がもっと気持ちいい」  「ここって、ちょっ……待って、陽大……あっ……んんっ……」  「おまえも本当は俺が欲しくて待ってたんだろ」  「ちが……あ……そこ、だめ……」  「エロくて可愛い小悪魔なお姫様、俺にどうしてほしい?」  「……いじわるっ……はぁっ……ん……」  「ほら、言わないといつまでもここを弄ってるだけになるぞ」  意地でも言わないとばかりに唇を噛み締めている蒼空だったが、陽大の指先の動きに次第に頬が紅潮していく。時折陽大が柔らかい肌を舐めるたびにびくっと体を震わせ、その瞬間だけ唇から小さく喘ぎ声が漏れる。  だんだんと我慢するのも限界になってきたのか、うっすら目に涙を浮かべて懇願するような眼差しを向ける蒼空の表情に、陽大は口では余裕のふりをしながらも本当は今すぐその体に自身を埋めたくてたまらなかった。  「言って」  「……お願い……」  「どうしてほしい?」  「……お願い……して……」  「それだけじゃわからないな」  「ひどい……」  頬に一筋の涙が溢れる。陽大はその涙を口で掬い上げ、そのまま唇を重ねた。  「おまえの口からいやらしい言葉を聞きたいんだ」  「……お願い、陽大……挿れて……」  「ここに?」  「そこ……そこに……あんっ……いい……もっと……」  「もっと……?」  「そう……そこ……んんっ……」  「ここが気持ちいい?」  「……ん……気持ち……いい……」  必死に自分にしがみつきながら自分から腰を動かして甘い喘ぎ声をこぼしている蒼空を眺めながら、新しい家ではもう少し大きいソファを買おうと快感の波の中で陽大はぼんやりと考えていた。

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