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第39話 Vanilla Sky〜Dask Till Dawn

 店内に入る時はさすがに一瞬ためらったが、そんな蒼空(そら)の腕を組むようにしてすみれが半ば強引に自動ドアの前に連れていった。  ああもう、なるようになるしかない。  蒼空は覚悟を決めて足を踏み入れた。平日の午後のせいか、昨夜のような人混みは見られない。二人は椅子のコーナーに向かい、例のカウンターチェアの前で足を止める。  「間違いなく、あの写真はこの椅子でしょ」  すみれは感情を押し殺したような低い声でそう言った。  「つまり、"WW"はここの社長の西木渉と同一人物の可能性が高い。そして、仲川さんは西木を奥入瀬のホテルで見かけている。偶然にしてはできすぎだよね」  その時、店の奥から数人の男性が歩いてくるのが見えた。スーツ姿で売り場を見ながらあれこれ話している様子は、客という感じではなかった。  「本人が来たのかも」  「わかった。私はあっちの方から見てるから」  「え? 俺を一人にする気?」  「私は顔バレしたらまずいでしょ」  「ちょっと……!」  すみれは足早に横の食器棚コーナーに行き、物陰からこちらの様子を伺った。蒼空は大きくため息をつくと、いかにもカウンターチェアが気に入ったような素振りで椅子を触ってみる。どうやって話しかけようかとちらちら西木の姿を盗み見ていた蒼空のもとへ、その本人が歩いてやってきた。  「気に入ってくれたようですね」  「え?」  「この椅子、私が作ったんですよ」  「あ、そうなんですね。すごくおしゃれだなと思って……」  「カウンター用の椅子ですが、家に置くとぐっと部屋の雰囲気が変わると思います」  にっこりと蒼空に笑いかける。蒼空も一生懸命に笑顔を作って返したが、あまり正面から見ると男だというのがバレそうな気がして慌てて横を向いて椅子のディティールを見ているふりをした。その横顔を見た西木はふと何かをじっと考え込むようにした後、同行していた男性二人に一言二言話すと、その二人は軽く頭を下げてその場を去っていった。  「どうぞ、座ってみてください」  「あ、はい」  言われるがままに椅子に座ると、短いタイトスカートから覗く蒼空の白く形のいい脚に西木の視線が移る。  「座り心地もいいでしょう?」  「そうですね」  「ここのレバーを押すと、簡単に高さが変えられるんですよ」  そう言いながら西木は蒼空に覆い被さるようにして椅子の脚についているレバーを押し、その際に顔が蒼空の太腿につきそうなくらいに近づいた。蒼空は思わず身を引いて立ち上がろうとし、バランスを崩してしまった。咄嗟に西木が蒼空の腰を抱きかかえるようにして支える。  「ご、ごめんなさい」  「大丈夫ですか」  「はい」  離れようとする蒼空を、西木は腕にぐっと力を入れて離さない。  「あの…」  「杏奈ちゃんだよね?」  「え?」  「俺をフォローしてくれただろう?」  急に馴れ馴れしい口調で、蒼空の耳元で囁く。その息に蒼空は思わず鳥肌が立ち、突き飛ばしたい衝動に駆られたがぐっと堪えた。  「あの…もしかして、"WW"さんですか?」  「そうだよ。このカウンターチェアの写真、見覚えがあるだろ」  「そ、そうですね」  「写真も可愛かったけど、実物の方がもっと可愛いよ」  「あの……」  「ここじゃ人目があるから、奥に行こう。特別なお客様に休んでもらう部屋があるんだ」  「特別な……?」  「そう、君みたいな美しいお客様にゆっくり休んでもらうための部屋だ」  そう言うと、蒼空の肩を抱いて立たせた。  どうする? どうすればいい?   このまま一緒についていくか、適当に言って逃げるか……。  すみれのいる方向を横目で見るが、西木の体が邪魔をして見えない。  どうするべきか必死に逡巡している蒼空の俯いた白いうなじを、西木は舐めるように見つめていた。  「さ、行こう」  一か八かだ、行くしかない。  蒼空は西木に腰を抱かれるがままに奥の部屋へと歩いていった。  それほど大きくないその部屋は、中央におそらく店で扱っているであろうローテーブルと二人掛けサイズのローソファが、足の長いファー素材のラグの上に置かれていた。部屋の隅には小さなカウンターテーブルがあり、グラスやティーサーバーなどに混ざってウィスキーなどのボトルも置かれている。小さな冷蔵庫のそばには洒落たスピーカーが置かれており、夜のカフェのようなジャズが小さく流れていた。  「ここは、特別なお客様にゆっくりくつろいでもらう部屋なんだ。さ、靴を脱いであがって」  自分は先に靴を脱いであがると、カウンターに行ってグラスに氷を入れ、ウィスキーを注ぐ。二つのグラスを持ってくると、テーブルの上に置いた。  「あの、車で来たので」  「大丈夫、少しここで休んでいけばいい」  「でも、あまりゆっくりしていられないので……」  「そう言わずに。せっかく実際に会えたんだから。というより、俺に会いに来てくれたのかと思ってしまったよ」  「えっ?」  「あのチェアは店のブログにも載せているしね、それを見て来たのかと思ったけど」  「いえ、来たのはたまたまです」  「そりゃそうか。でも、せっかくだし少し話そうよ」  西木は床置きのソファにどっかりと腰掛けると、隣をぽんぽんと叩いた。この男の隣に座るなど鳥肌が立つくらい嫌だったが、ここまで来たからには何か収穫がないと帰るに帰れない。意を決して、蒼空は西木の隣に座った。  短いスカートを履いているせいで、どう座っても太腿はかなりの部分が見えてしまう。西木がわざとグラスを掲げて一口含むと、底についていた水滴が蒼空の太腿の上に落ちた。  「おっと、ごめん」  大丈夫と蒼空が言う間もなく、素早く西木が指先でその雫を拭った。陽大(はると)とは全く違う、そのごつごつした指の感触に蒼空は体中の毛穴が開くような気持ち悪さを覚え、突き飛ばしそうになった。ぐっと堪え、ぎこちない笑みを見せて身体を捩る。西木はそんな蒼空の反応を楽しむかのように歪んだ微笑みを浮かべて体を寄せてきた。  「最初はみんなそうやって恥ずかしがるんだよ。でも所詮、マッチングアプリに登録したってことは、こういうことを望んでいるんだから、思い切って初めから身を委ねればいいんだよ」  「あの、お、奥さんがいるんじゃないんですか?」  「記事を見たのかい? ああ、そうだよ、大きな会社を経営するにはパートナーが欠かせないからね。でも大丈夫、彼女も承知の上だよ。そんなことは気にしなくていい。この部屋だって、俺がどういう風に使っているかも知っている」  本当に、承知の上なのか?  奥入瀬のロビーで見た、あの勝気そうな女性を思い出していると、不意に太腿に冷たい感触が広がる。蒼空はびくっと体を震わせた。見ると、西木がグラスに入ったウィスキーを蒼空の脚に垂らしていた。  「何をするんですか」  「ああ、これは俺の飲み方なんだ」  「何言って……」  にやりと笑うと、西木は蒼空の脚にこぼれ落ちたウィスキーを舐め始めた。驚いた蒼空が思わず両手で西木を押しのけると、いきなりその手首を掴まれ、そのままラグの上に押し倒された。  「やめてください、何するんですか」  「叫んでも無駄だ。ここは外に音が漏れないように作ってあるんだ。大きな喘ぎ声を出してもいいようにね」  「すみません、もう帰ります」  「ここまで来て何を言ってるんだ。意地を張らずに気持ちよくなればいいんだよ」  「離して」  「いいね、そうやって抵抗されるのも征服しがいがあるよ」  「やめ……ちょっと、いい加減にしろ……てください!」  蒼空は脚をばたばたさせながら抵抗するが、蒼空よりも背が高く、がっしりとした体型の西木に押さえ込まれて身動きが取れない。  どうしよう、このままじゃ男だってバレる……というか、こいつなら男だってわかってもそのまま襲ってくるんじゃ……?  必死に身を捩って西木の手を振りほどき、這うようにして逃げようとすると、今度は後ろから覆い被さるようにしてきた。四つん這いの格好で太腿の半分以上が露わになったその状態を西木が逃すわけがなく、腿を撫であげるようにして形のいい尻を掴まれる。  嫌だ、助けて、陽大……!  「そろそろおとなしくした方がいい。どうせ、すぐに気持ちよくなっていやらしい声で喘ぐのはわかってるからね」  「お願い、やめて……!」  「お願いが違うんじゃないのかな? やめて、じゃなくて、早く挿れてください、だろ?」  後ろから耳元で囁く声に鳥肌が立つ。  ゆっくりと西木の指が太腿を伝って内股の方へと伸びていった。

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