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第42話 Vanilla Sky〜Dask Till Dawn
数日後、岡崎すみれから連絡がきたので、蒼空 は自分のカフェに彼女を呼んだ。
蒼空が"杏奈"の名前で成りすまして登録しているマッチングアプリはすみれが管理している。昨夜、そこに西木渉からメッセージが届き、すみれ杏奈になりすましてやりとりした内容を見せに来たのだ。家具店での蒼空との出会いが忘れられなかったらしく、しつこくデートに誘ってきたので、すみれがのらりくらりとかわしながら姉のことを聞き出そうとしていた。
――すごくおしゃれなバーのVIPルームに連れて行くよ。いつなら行ける?
――そうやっていろんな女の人を誘ってるんでしょ?
――今は君だけだ
――それじゃ、前は誰なの?
――そんなこと気にするのか? どうでもいいことだろ
――気になるから
――そんなことは気にしなくていいんだよ。それよりいつデートに行ける?
――奥さんにバレないの?
――もう彼女とはずっと家庭内別居だ
――でも雑誌とかじゃ仲良さそうに見える
――世間体は大事だからな
――この前何かで見たんだけど、WestWood家具のチャリティイベントがあるんでしょ?
――よく知ってるな
――アフターパーティがあるって書いてた。そういうの行ってみたいな
――パーティに? 来たいのか?
――うん、行ってみたい
――それなら、その日はそのままホテルに泊まるなら招待してやろう
――ホント? 友達も一緒に行っていい?
――友達? それは困るな
――だって一人で参加は無理。あなただって奥さんいるんだし、私とずっと一緒にいるわけにいかないでしょ? 終わったら友達は先に帰すから
――本当だな?
――もちろん
――それなら後で招待コードを送るから、受付で見せたら入れるようにしておこう
――やったぁ
――その代わり、夜はたっぷりお礼してもらうぞ
――楽しみにしてて
「……あのさ」
「ん? どうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、これって君が返信してるけどやるのは俺だろ?」
「いや、まぁ……なんかつい勢いで書いちゃって」
「勢いって」
「大丈夫だって、隙を見て逃げればいいじゃない」
「そんな簡単にいくかよ。だいたい、友達って誰だよ。君は顔バレする可能性があるから行けないだろ?」
「変装すればいけるかなって」
「そんなの、危険すぎるだろ」
「だって、これでかなり近づいたでしょ」
「それに、この前の普段着とは違うんだ。どうやってパーティ用のドレスとか手に入れるんだよ」
「レンタルとか……」
「髪型は?」
「私がなんとかする」
「できんの?」
「動画とか見ればできるよ、きっと」
「なんで先に相談してくれなかったんだよ。もうちょっといいやり方があったのに」
蒼空は大きくため息をついた。すみれは肩をすくめてカウンター席でチョコレートフラペチーノを飲んでいる。
腰に手を当てて首を振る蒼空を上目遣いで見ながら、すみれはバッグから小さな袋を取り出して蒼空の前に置いた。
「これは?」
「買ったの」
中を開けると、姉のあおいがSNSにアップした時に着けていたものと同じような形のネックレスだった。
「これって……同じもの?」
「見た目は似てるでしょ」
「似てるけど……でもよく買えたね、こんな高いの」
「三千円」
「え?」
「偽物だよ」
言われてみれば、作りが雑で輝きもフェイク特有の硬質感がある。
「それ着けていけば驚くかもと思って」
「だけど覚えてるか?」
「もしあれが無理に首から取られたものなら、きっと動揺する」
確かにそれはそうかもしれない。しかし、問題はパーティに出席するという非常に高いハードルを超えなければいけないことだ。
蒼空は天井を見上げてもう1度ため息をつく。そして、おもむろにスマホを取り出して店の奥に行き、何かをお願いするような口調で二本の電話をかけた。すみれは戻ってきた蒼空をじっと見つめて彼が話すのを待った。
「……本当はお願いしたくなかったけど、もう頼るしかない」
「都築さんに?」
「陽大 にも説明はした」
「他にも誰か?」
「OKが出れば、後でここに来る」
「OKって? 誰の?」
「彼氏の許可が降りればってこと。君はとりあえず午後からの講義に出席してきなよ。終わったらまたここに来ればいい」
すみれは腑に落ちない様子で蒼空を見つめたが、それ以上は言わないようだと悟ると小さく頷いてバッグを掴み、店を出ていった。
夕方を過ぎた頃、Vanilla Skyに一人の女性が入ってきた。優しげな目元をした美人だ。女性はスタッフの咲良 を見るとにっこりと笑って一言二言交わし、カウンターの中から手を上げた蒼空に気づいて微笑みを返した。
「来てくれたってことは、壮介さんからお許しが出たんだね」
「何とかOKをもらいました」
「怒ってた?」
「怒るというより心配してたけど、女子大生を行かせるより男二人が行った方が危険が少ないって言ったら、渋々納得してくれました」
こともなげに「男二人」と言い切り、瀬那はすらりとした脚を組んでカウンターの席に座った。
「なかなかおもしろいことを言うね」
「だいたいのところは壮介さんから聞いてたんです。でも、蒼空さんが女の子の格好して乗り込んだっていうのはさっき初めて聞いたけど」
そう言うと、瀬那はくすっと笑った。
「それは、その……やむを得ず成り行きでそうなってしまって……」
「しかもすごく可愛かったとか」
「誰がそんなこと」
「陽大さんに決まってるじゃないですか」
「そんなこと瀬那ちゃんに言ったの?」
「壮介さんから聞いたんです。でも今度はパーティドレスでしょ。さすがに女子大生には荷が重いし、私を頼ったのはある意味正解です」
「巻き込んでしまって申し訳ないと思ってるよ」
「いいんです。どんな理由であれ、好きな気持ちを踏み躙るような男は許せないし。一緒にやっつけてやります」
「……瀬那ちゃんってそういうキャラだったんだね」
「ドレスは私に当てがありますから任せて。ヘアメイクももちろん、完璧に仕上げますから」
そこに大学の講義を終えたすみれがやってきた。蒼空と話している瀬那を見て、一瞬警戒するような表情を見せて足が止まる。
「紹介するよ、隣のレストランで働いてる瀬那ちゃん。陽大の同僚の恋人なんだ」
「初めまして」
「こんにちは。話はだいたい聞いてるわ」
すみれは怪訝そうな表情で蒼空をちらっと見た。
「今回、協力してもらうことになったんだ」
「え? この人に?」
「そう。パーティに君は一緒に行けないだろ」
「そうだけど……」
「いざとなったらこっちは男二人で何とかする」
「……え? 男二人って?」
目を丸くして瀬那の頭からつま先までを何度も眺める。
「そ、男二人。だから、これからやるべきことは、どうやってその男がお姉さんを騙してたのか、奥入瀬で何があったのかを聞き出す算段をつけること。映画みたいに盗聴器仕掛けるとかカメラ付きの眼鏡かけるとかはできないけど、話をうまく持っていけば何かきっかけは引き出せるはず」
「でも、忘れたって言い張って仲川さんを襲うことばかり考えてそう」
「たぶんね。頭の中はそのことばっかりだと思うの。だから、別の角度から攻めてみる手もあるんじゃないかな」
「別の角度?」
「そう、違う方向からね」
そう言って、瀬那はすみれが朝に置いていったネックレスを指にかけて掲げた。偽物のネックレスは、店の照明に照らされてキラキラと揺れて光っていた。
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