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第47話 Vanilla Sky〜Dask Till Dawn

 蒼空(そら)のバッグを部屋の外に持ち出した瀬那は、急いで陽大(はると)と壮介が待つ同じフロアの部屋へと向かった。いったん家に帰したものの、やはりどうしても一緒にいたいと言ってきかなかったすみれも駆けつけており、四人は急いでバッグから取り出したボイスレコーダーを再生した。実は蒼空が一人で西木の部屋に行く前に録音の状態にしておき、バッグの中に仕込んでいたのだ。  本当はもう少し蒼空が部屋にいる時間を引き伸ばすことも考えていたが、蒼空とメッセージのやりとりをしていた陽大が、「今日はこの辺にしておけ」というメッセージを送った後に蒼空からの返信がこないことを心配し、一刻も早く部屋から出したいと訴えたため、予定より少し早めに瀬那が行くことにしたのだ。もう1枚ルームキーのカードをフロントから借りる言い訳を考えていたが、バッグを丸ごと持ってくればきっとカードキーが入っているのでは、という瀬那の提案に乗り、まずは蒼空のバッグを持ち出すことに成功した。  ボイスレコーダーのやりとりは、はっきりとしたことまでは話していないものの、明らかにあおいと思われる女性が一緒にいたことを示していた。そして、一緒にいただけではなく、あの事故の当時、一緒にいたということも。  凉子は壮介が手に持っているボイスレコーダーを奪おうと飛びかかったが、背の高い壮介は素早く陽大にそれを手渡した。  「何よ、それがどうしたってわけ?」  「その動画、ぜひ見せてほしいんですが」  「これは夫婦の問題よ。警察だか何だか知らないけど、人のプライベートに口を出す権利あるの?」  「でも"すごい動画"なんでしょ? 気になるじゃないですか」  「あなた、名前は? 私は警察署のトップに知り合いがいるのよ。今すぐ電話してあなたをクビにすることだってできるんだけど」  その言葉にすみれが庇うように前に出た。  「この人たちは関係ありません。私が無理にお願いしただけ」  西木はすみれを警戒するようにじっと見つめた。  「姉のこと、覚えてますよね?」  「……」  「ついこの前まで何度も会ってたんだし、まさか忘れてませんよね?」  「……毎日のようにいろんな人間と会っているんだ、一人一人はいちいち覚えていないこともある」  「いろんな人間? 姉はその中でも特別な関係じゃなかったんですか? だって一緒に旅行に行く関係でしょ? ネックレスをプレゼントするくらいの関係でしょ?」  「ちょっと、言いがかりつけないで。青森へは私と一緒に行ったの」  割って入ってきた凉子を、すみれはキッと睨みつけた。  「じゃ、さっき話してた"あなたが奥入瀬でしたこと"って何ですか?」  「それは、夫婦間のことだからあなたには関係ないでしょ」  「"あれは事故だ、アクシデント"というのは、何のことなんですか」  「だから、それも夫婦間のことなの。いい加減にして」  「私は、知りたいだけなんです。なぜ姉が死んだのか、どうやって死んだのか、なぜ死ななければいけなかったのか」  「……悪いけど、私たちには何も関係ないことよ。あなたのお姉さんなんか知らないし」  「本当ですか」  西木の方を向いて尋ねる。西木は一瞬ためらったが、凉子に促されるようにして頷いた。  「本当だ。俺は知らない」  その時、陽大は床にネックレスが散らばって落ちていることに気づいた。そして急いで蒼空の首筋を確認し、首の後ろに血が滲んだ擦り傷があることに気づいて表情を一変させた。  「誰がやった」  蒼空は陽大を見ると、黙って凉子に視線を向けた。  「……何よ。人の夫と浮気しようとしてたのよ、それぐらい当然でしょ」  「こいつに指一本触れるな」  「それはこっちのセリフよ」  「浮気なんかじゃない」  「どう見ても浮気でしょ?ああ、そう。あなたがこの女の恋人なわけね。で、浮気現場を見つけてショックを受けて、さっきからわけわからないことを言ってるのね」  「浮気じゃありません。私が頼んだんです」  「……どういうこと」  「姉がなぜ死んだのかを知りたくて、この人に近づいてもらったんです」  陽大と壮介はさりげなく目配せし合い、壮介が西木夫妻に気づかれないように自分のスマホの音声録音ボタンを押した。  警察に知り合いがいると言いながら、なかなか連絡しようとしないのは、自分たちに叩かれるとやましいところがあるからだろう。あおいが事故に遭った場にこの二人のどちらか、あるいは両方がいたことを追求されるのを恐れているのだ。  陽大はふとあることを考えていた。  前に蒼空からすみれと話した内容を聞いた中で、今のこの状況と合わせて考えると何か引っかかる点がある気がする。何かが……。  ハッと思い出したように顔を上げ、蒼空の肩を軽く叩いて抱き寄せた。  「残念だけど、あなたのお姉さんが死んだことと私たちは何の関係もないの。これ以上、変な言いがかりをつけると本当に警察の知り合いに連絡するわよ」  「かまいませんよ」  すみれが答えるより早く陽大が言った。  「あら、そう。後悔しないことね」  「それはあなた方じゃないですか?」  「はぁ? 何言ってるの?」  「さっきから警察警察と言う割にはいっこうに連絡しないですよね。なぜです?」  「……」  「怖いんじゃないですか?」  「……そんなわけないでしょ」  「君、いい加減にしないか」  「お二人が連絡しないなら、俺たちがしましょうか? 名前教えてください。すぐ電話しますよ」  「……あなたたちが簡単に話ができる役職の人じゃないわよ」  「そうなんですか? それなら先に俺らの上司に連絡しますよ。ちょうど調べてもらおうと思ってたことがあるんで」  「調べる……?」  陽大は蒼空の肩を抱く手に力を込めた。  「実は俺たちもあなた方と同じ日に、奥入瀬のホテルに泊まってたんです」  その言葉に凉子は思わず西木の腕を掴み、腕を掴まれた西木はその表情を強張らせた。  「そして、彼はあなた方二人をホテルのラウンジで目撃している」  「……彼?」  西木が怪訝そうな顔で蒼空を見る。蒼空は軽く肩をすくめると、ウィッグを外し、バスローブの上半身部分を脱いだ。つけていたブラトップの下着を外すと、陽大は自分のパーカーを脱いで蒼空に着せ、持ってきたショートパンツを手渡す。西木と凉子の唖然とした表情をよそに、蒼空は着替え終わるとバスローブを脱いで勢いよく西木に投げつけた。  「……お、おまえ、男だったのか?」  「そうだよ、このエロ親父」  「は? よくも、よくも俺を騙したな?」  「人のこと言えのかよ? あんただってあおいさんを騙してたんだろ?」  「何を……」  「教えてください。姉が死んだ夜、あなた方は姉と一緒にいたんですか? 二人とも? それともあなただけ?」  すみれが西木に詰め寄って聞く。凉子は夫の腕を掴んで自分の方に引き寄せ、すみれから引き離した。壮介が咄嗟に前に出る。  「何を言ってる」  「いたのはわかってるんです!」  「いい加減に……」  「指紋が検出されたら?」   すみれに向かって手を挙げた凉子の腕を掴み、陽大が鋭く言葉を投げつけた。  「……指紋?」  「そう、指紋。あんた達のどっちか……俺はあんたの方だと思ってますけど」  「……何の話よ」  「バッグですよ」  「バッグ?」  怪訝そうに聞き返した凉子はハッとしたように陽大を見上げた。  「あおいさんが亡くなった現場には、彼女のバッグが残されていた」  「……自分の持ち物なら何も変じゃないでしょ」  「旅行用のバッグですよ? 手持ちのバッグじゃなく」  「本人の持ち物が本人のそばにあって何がおかしいわけ?」  「その日の昼には奥入瀬入りして、夕食も食べた後の遅い時間帯に、荷物を持ってホテルの裏をうろついていたと?」  「……他人の行動なんて知らないわよ」  「そうっすか。なら指紋を調べても問題ないですよね」  「……」  「そのバッグの取っ手の指紋、これから調べてもらおうと思ってるんで」  その言葉を聞くと凉子は途端に真っ青になり、拳は逆に真っ白になるくらいきつく握りしめた。西木は陽大を睨みつけながら凉子の肩を抱いているが、心なしかその指が震えているように見える。  「あの日の夜、何があったんですか」

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