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第49話 Vanilla Sky〜Dask Till Dawn

 どうやっても言い逃れができないと悟ったのか、西木渉と凉子は観念したようにおとなしく部屋の椅子に座り込み、陽大(はると)と壮介にあの晩の状況をぽつりぽつりと説明し始めた。とにかく事故だったんだということを強調する二人に、すみれは軽蔑とも憐れみともとれる眼差しをじっと注いでいた。  だいたいの事情を確認し、陽大はひとまず上司の坂本に連絡をして手短に事の顛末を話した。あとは坂本が青森の担当部署に連絡をしてくれるだろう。  ぐったりと疲れた様子で頭を垂れている西木の様子を見ているうちに、蒼空(そら)はいろいろなことを思い出して急に腹が立ってきた。  「……なぁ」  そばまで行って声をかけると、西木はぴくっと指を動かして顔を上げ、蒼空を睨みつけた。  「何だ」  「あんたはまだやらなきゃいけないことが残ってる」  「これ以上、何をするっていうんだ。もうすべて話しただろう」  「まずは、すみれさんに対して……いや、あおいに対してちゃんと謝ってほしい」  さすがにその言葉には反論してはこなかった。そして、しばし逡巡しつつも意を決したように立ち上がり、すみれの前へと進んだ。  「……なに」  「……その、お姉さんのことだが……」  「だから、なに」  「……すまなかった」  凉子は夫のその言葉を聞くと、すっと視線を外して怒ったような表情で横を向いた。何か言ってくるかと思ったが、そのままじっと窓の外に広がる夜景を険しい顔で見つめていた。当然凉子も謝るべきだが、自分も裏切られていたのだという思いがどうしても邪魔をするのだろう。  しかしすみれは何も言わずに、頭を下げた西木を一瞥しただけだった。これ以上、この二人には何を言っても無駄だと思ったのだろうか。  「そんなんじゃまったく足りないと思うけど、すみれさんが一応あんたの謝罪を受け入れてくれたことに感謝した方がいい」  西木は軽く口を尖らせながらも、小さく頷くような仕草を見せた。  「それともうひとつ」  「……今度は何だ」  「俺にしたことに対して、一発殴らせろ」  「なっ……人を騙しておいて殴らせろだと?」  「……どの口がそんなこと言うんだ、このどすけべ変態最低野郎!」  まだメイクが残っているその美しい顔に似合わない言葉を吐き捨てると、蒼空は西木の右頬に思い切り拳を喰らわせた。西木は後ろの椅子に向かって吹っ飛び、そのまま床に仰向けに倒れた。  「このガキ……調子に乗りやがって……」  「調子に乗ってたのはどっちだ」  怒りを滲ませた声で陽大はそう言い放つと、起きあがろうとしている西木の胸ぐらを掴んで無理やり立たせた、蒼空が殴ったのと反対の左の頬を殴った。  「ちょっと……!」  凉子が慌てて駆け寄り、陽大を睨みつける。  「あんたらのしたことはれっきとした犯罪だ。それはきっちり法の裁きを受けて償ってもらう。それとは別に、俺の恋人に手を出そうとしたことは絶対に許さないからな」  「恋人……?」  「自分の店の中にセックスするための部屋を作って、そこに女を連れ込んでヤってたとか本当に吐き気がする最低野郎だ」  その言葉に蒼空は目を丸くして陽大を見た後、後ろの方で腕組みをして立っている瀬那に目で訴えた。瀬那は腕を解いて両手の平を蒼空に向けて振り、自分は何も言ってないというゼスチャーをして見せた。蒼空がその視線をすみれに向けると、そのまますみれはバツが悪そうにスッと目を逸らして天井を見上げた。  「本当はおまえを撃ち殺したいくらいに腹が立っているが、一応俺も警官だからな、一発殴るだけで我慢してやる。俺の怒りはこんなんじゃすまないってことは覚えとけ」  「……陽大、あの……」  「おまえへのお仕置きは後でたっぷりとしてやる」  お仕置き、という言葉になぜか条件反射のように反応して思わず蒼空を見た西木に気づくと、陽大は今度は足で西木の腹を思い切り蹴り飛ばした。  「い、一発って言ったくせに……」  「うるさい、この変態野郎!」  やがてドアの外に人がやって来た気配がしたのと同時に、陽大に坂本から電話がかかってきた。  「瀬那、ドアを開けてくれ」  「はい」  瀬那が部屋のドアを開けると警官が3、4人入ってきた。その先頭を切って歩いてきた人物を見るなり、陽大と壮介は思わず声を上げた。  「(はた)!」  前班長であり、連続殺人事件の犯人である相原によって撃たれた秦が、にっこり笑って立っていた。  「お久しぶりです」  「いつ現場復帰したんだ?」  「たった今ですよ」  「もう大丈夫なのか?」  「はい、驚異的な回復力だって医者も驚いてました。あ、まだ傷口は痛むんで、無茶なことはできませんけど」  「当たり前だろ、重傷だったんだからな」  「でも、もうベッドで寝たきりの生活に飽きちゃったんで」  にっこりと笑う秦と二人は軽く抱擁を交わした。その間に西木と凉子は同行した刑事たちによって連れていかれ、すみれは連れていかれる二人の後ろ姿をじっと見つめていた。  「こんな夜遅くにすまないな」  「一応、逃亡の恐れがあるということで身柄の確保をしとけって班長が」  秦の口から出た「班長」という言葉に、陽大たちは思わず顔を見合わせた。彼にとって「班長」は相原知也であり、その相原を追い詰めることが目的で警官になったのだろうから……。  「あ、坂本班長ですよ、もちろん」  「秦」  「大丈夫です」  「あの、もしかして……」  三人のやりとりを見ていた蒼空が秦の顔を見て声をかけてきた。  「あの時、うちのカフェに来た刑事さんですか?」  「あ、あなたは……」  「カフェVanilla Skyのオーナー、仲川蒼空といいます」  蒼空はぺこりと頭を下げる。  「あの時は一般市民を巻き込む形になってしまい、申し訳ありませんでした」  「いえ、俺は大丈夫です。それより回復されてよかったです」  「それじゃ、あなたが都築さんの……」  得意げな表情で陽大が蒼空の肩を抱き、秦に下手くそなウィンクを投げてよこした。  「前回も今回も、大活躍ですね」  「まぁでも、今回のようなことはもう許可しないけどな」  「陽大」  「当たり前だろ。瀬那ちゃんまで巻き込んで」  「私ならむしろ楽しかったですよ」  「こら瀬那、君も二度目はないからな」  「蒼空さんと探偵事務所開いてもいいかと思ったくらいなんですけど」  「は? 絶対にダメだ!」  陽大と壮介が同時に叫び、その様子を見ていたすみれがぷっと吹き出した。  「あ、彼女を家に送っていかないと」  「確かに、もうこんな時間だ」   「警察の方で送ります。いずれお話も聞かないといけないので、そのことも確認したいので」  「助かる。頼むよ」  すみれは陽大と蒼空の前に立ち、頭を下げた。  「都築さん、仲川さん、ありがとうございました。それから、瀬那さん、北山さんまで巻き込んですみませんでした」  「あまり望む結果とはいかなかったかもしれないけど……」  「いいえ、姉がどうやって亡くなったのかわかったし、感謝してます」  「検察の判断によるけど、起訴される可能性も十分にある」  「もちろん、あの二人を許すつもりなんてないし、ちゃんと罪を償ってもらいたい。でも、ここから先は警察にお任せします。私たち家族はすでに姉を見送りました。きっと姉もこの様子を見てくれているはずです。今度生まれてきたら、もっと幸せな人生を送れるよう、残された私たちが代わりに精一杯生きてみせますから」  そう言って微笑むすみれは、ようやくどこか憑きものが落ちたような晴れ晴れとした表情だった。  「今度こそ、ちゃんと大学に行って、そして君の人生をしっかり歩んで」  「またカフェに遊びに行きます」  「ただの客としてね」  「大丈夫、もう女装なんてお願いしないから」  蒼空はすみれをジロリと睨みつけると、耳元で囁いた。  「……陽大に言っただろ」  「だって、刑事さんの尋問ですよ。一般市民に抵抗できるわけない」  「誰のせいだよ」  「子ども相手に何を言ってるんだ」  陽大が蒼空のパーカーのフードを掴んで後ろへ引き寄せる。  「さっきも言ったが……後でお仕置きだからな」  その言葉に、その場にいた蒼空以外の全員がやれやれという感じで肩をすくめた。

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