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少し唇を尖らせ呟く楓を、思いっきり抱き締めたい衝動をなんとか堪える。
「……俺さ、今みたいに、斗真に手とか髪とか触られんのすげぇ好きなの」
「マジ?」
「マジ。お前、めちゃくちゃ優しく触るでしょ。……イケメンヤリチン代表みたいな見た目のくせに」
「……なんだよその代表……不名誉すぎるんだけど」
うるさい鼓動を誤魔化すように、わざと茶化してみる。お互いに。
「お前に触られると、なんかすごく大事にされてるって思えて、安心するし……ドキドキする」
楓が目を細めて、俺を見る。
大事にされてる。俺がいつもそう感じる、優しい目で。
「それで……斗真に対してそんなふうに思うのって、俺は恋愛対象に男も入る人なのかなとか、考え始めて」
「……で、今に至るわけか」
ちらりと室内を見て言う俺に、楓が肩を竦める。
「でも実際、男とラブホまで来たら、すげぇ気持ち悪くなっちゃって。……怖かったし」
頬を緊張させて、無理やり唇の端を上げる楓の手を両手で包む。
慰める気持ちと、俺がどんだけ心配したか伝わるように。
「……だから、男が好きとか、そんなんじゃなくて、俺は斗真が好きなんだなって分かった。男に触られたからじゃなくて、斗真に触られるから、安心するし、ドキドキするんだって」
楓の言葉に、息が詰まった。
神経とか細胞とか血液とか、俺を作る全てにその言葉たちが溶けて、全身が熱く震える。
楓の指先をそっと撫でた。
「……俺だって、お前だから……本当に大事に思ってる楓だから、こういう風に触るんだよ」
「……俺だけ?」
「お前だけ。……楓だけが、ずっと俺の特別」
顔を近づけると、楓が長い睫を伏せる。
俺も同じように目を閉じて、二人の距離を埋めた。
温かくて柔らかな感触に、もう死んでもいいとさえ思う。
唇を離すと、楓の目の縁に小さな涙が浮かんでいる。それを掬い上げるように目尻にもキスをする。
「泣かないで」と、泣きそうになりながら囁いて、また唇に唇を重ねた。
だんだんと深くなるキスに、死んでもいいと思った俺の純情は呆気なく崩壊する。
楓の舌の濡れた感触とか、楓が漏らす息遣いとか、俺のスウェットをぎゅうと握る細い指とか。
とにかく楓の全てに、下半身があり得ない早さで反応し始める。
――全然まだ死ねない。今死んだら確実に成仏できない。
角度を変え何度もキスをしながら、楓の頭に手を添えてベッドに押し倒す。
出来るだけ体重をかけないように覆い被さり、ようやく唇を離した。
楓はちょっと苦しそうに眉を寄せ、涙が滲んだ瞳で俺を見ている。耳まで赤くしながら。
見下ろしたその景色に、俺の俺が痛いくらいに準備完了になる。
「楓……していい?」
耳たぶを軽く噛みながら言うと、楓の身体が震えて、「んん」と甘い声が漏れ出る。
やばいやばいやばい。脳が溶ける。
「斗真、あ、待って――」
「楓、好き。マジで好き」
本能が身体を動かしてるみたいに、手が勝手に楓のカットソーの中に潜り込む。
触れた素肌に、更に脳みそがぐずぐずに溶けて、飢えた動物みたいに喉が鳴る。
――ああこれ、死にたくないけど、興奮し過ぎて死ぬかもしんない。
そんな、目も眩むような激情真っ只中にいる俺の手を掴んで、楓が言った。
「マジで待って、斗真。……帰りたい」
その瞬間、俺の思考も身体も、ピタリと一時停止する。荒ぶっていた全てが、宙へ放り出されたみたいに行き場をなくす。
――かえりたい……?かえり……か、帰りたい……?
頭の中で漢字変換が完了すると、ようやく声が出た。
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