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第18話
テスト期間も終わり、僕と照の成績は、勉強の成果を受けてか、まあまあ良い結果を出すことができた。だから夏休みに映画の撮影のために、僕の家が所有する別荘に言っても良いかと父親に相談すると、珍しく素直に受け入れてくれた。ただその代わり、看護士の徳田を連れていくことが条件だと言われてしまった。
僕はそれが何となく憂鬱で拒みたかったが、もし旅行先で、大切なVIPのヴァレリオに何かあった時のためだと聞かされると、『確かに』にと思わざるを得なかった。
でも、ヴァレリオにはSPがいる。もれなく今回の撮影旅行にも彼らが付いてくる。彼らは医療の知識もあるスペシャリストだと聞いているから、宇宙人のヴァレリオの体調云々は彼らに任せれば良いと、僕は最後までそれを父親に訴えてみたが、父親は、別にヴァレリオだけとは限らないと意味深なことを言われ、この話は終わった。
父親が手配してくれた電動垂直着陸機に皆で乗り込み、僕たちは太平洋側にある、リゾート地として有名な海外沿いの街まで出発した。
電動垂直着陸機に乗るのは久しぶりで、高所恐怖症の僕は少し緊張しながら、別荘に着くのを待っている。
滞在期間は二週間を考えているが、もし撮影が順調に進んだら早めに帰ってくる予定だ。うちの大学は勉強も立地場所ハードだから、長期休み以外はなかなか外出できない。そんな貴重な時間を僕のために使ってくれる撮影メンバーのことを考慮してのことだ。
でもそれには、映画監督としての僕の手腕がかかっている。僕は残りの撮影の絵コンテを何度何度も見直しながら、役者への演出やカメラワークを頭の中で、何度も何度もシュミレーションしてきた。天候という自分の力ではどうにもならないこと以外は、全部自分の責任だと思うくらいの強い意志で臨もうと考えている。
ただヴァレリオは、今回の別荘での撮影にあまり協力的ではない。水が苦手なアルキロス星人は海に行くのが怖いのだ。それと、今まで交互にお互いの部屋に僕が泊まっていたことが、テスト期間で中断され、更にこの撮影で中断されたことをよく思っていない。
『摩央と二人きりになれない』とヴァレリオは不服そうに、今朝二人で部屋を出る前に僕に言った。
『ごめんね』僕は一言そう言うと、ドアの前でヴァレリオの手を掴んだ。ヴァレリオは僕の手を握り返すと、そのまま僕を引き寄せ抱きしめた。
「その、『ごめんね』の意味は何だ? 日本人は『ごめんね』のバリエーションが豊富過ぎて、俺にはその真意を掴めない」
ヴァレリオは僕を抱きしめながら真剣な顔で僕に問いかける。僕はそれがおかしくて思わず吹き出してしまう。
「何故笑う? ますます分からない」
「あはは、ごめん、ごめん……あのね、中途半端な僕の気持ちが申し訳なくて謝ったの。正直言うね、僕はまだ答えを出せないんだよ。二人のどちらかを選ぶことに……それと、映画撮影に協力してくれるヴァレリオには感謝しかないのに、僕はそんなヴァレリオに何も返せてないなっていう、申し訳ない気持ちからだよ」
僕はヴァレリオを見上げながら、ヴァレリオに伝わるように詳しく説明をした。ヴァレリオは僕を複雑な顔でじっと見つめると、僕はまたヴァレリオのその瞳に懲りなく捉えられてしまいそうになり焦る。
アルキロス星人には地球人を魅了するたくさんの武器がある。そのオーラのある佇まいも、漆黒の宇宙のような果てのない瞳も、僕の頭をおかしくさせるその重低音な声も。そのすべてが地球人よりも優れているのに、どうしてこの宇宙人は、こんな地球人の僕をそこまで愛してくれるのだろう。僕は本当に心の底から不思議に思ってしまう。
ヴァレリオ。君に出会えてよかった……。
僕は心の中でそう呟くと、照の時と同じように、ヴァレリオの気持ちをしっかりと受け止めることを心に決める。
「ヴァレリオ、僕を好きになってくれて本当にありがとう。だからもう少しだけ焦らず、僕を待っていてほしい」
僕は素直にヴァレリオに思いを伝えると、ヴァレリオは更にきつく僕を抱きしめた。
「く、苦しい……」
僕がそう言って口をパクパクとさせると、ヴァレリオは目ざとく僕の口に目を遣り、あっという間にキスで塞がれてしまう。
僕はそのせいで益々息が出来にくくなり、思い切りヴァレリオの背中を叩いて、苦しいことの合図を送った。
ヴァレリオはそれに気づくと、慌てて僕を抱きしめる手を緩め、僕を焦ったように見つめた。
「……すまない」
ヴァレリオはそう言って困惑したように僕を見つめたけど、僕はもう前言撤回したくなる。
アルキロス星人は全然魅力的じゃない!
僕は死ぬかと思うほどのその怪力に心の中で悪態をついた。でも、それが素直に僕への思いとなって溢れているのだと思うと、僕はやっぱり嬉しいと感じてしまう。
「もう、もっと優しくキスしてくれよ……」
僕は呆れながらそう言うと、自分からヴァレリオに軽く触れるだけのキスをした。
「摩央……」
ヴァレリオは僕の名前一言を呼ぶと、そこからはもう、自分は煽ったつもりはないのだが、長いことキスをされ続け、撮影旅行が始まる前から、僕はヴァレリオにエネルギーをだいぶ吸い取られてしまった。
電動垂直着陸機に乗って、上空からの景色を恐る恐る見つめながら、僕は今朝のあの出来事を反芻する。
この電動垂直着陸機は地上から五十メートル程度の高さを飛んでいるが、僕にとってはかなり怖い。照は僕が高所恐怖症なのを知っているから、僕の隣に座って僕を心配そうに見ていてくれる。でも、それが気に入らないのか、ヴァレリオはさっきから何度も後ろを振り返って僕たちを見つめてくる。
ヴァレリオはSPに囲まれて身動きが取れないらしい。もし一国ならぬ一星の王子に何かあったら取り返しのつかないことになる。SPは命を懸けてヴァレリオを守るのが仕事だから大変だ。いくら王子でも、自分の愛する人間でも家族でもないのに、迷わず命を懸けるなんて僕には到底できない。僕はSPを尊敬の眼差しで見つめた。
きっと凄いスキルを身に着けているんだろうな……。
そうでもなければ、こんな恐ろしい仕事に自ら着こうとは思わない。一体アルキロス星のSPのスキルとはどの程度なのだろうか。ただ、地球人のレベルとは雲泥の差だということは、普段ヴァレリオと接している僕が自信を持って言える。
「摩央、大丈夫か?」
照が僕の手を安心させるために握ってくれる。僕はその手を握り返すと、「大丈夫だよ」と引きつった笑顔で答えた。
「はは、全然大丈夫そうに見えないぞ?」
照は僕の顔を覗き込むと、僕と同じように引きつった顔で笑った。
確かに高い場所にいることで動悸が激しくなっているからだと思う。本当に情けない。
そんな情けない僕は、この夏休みを使って映画を完成させないといけない。大学以外で
撮影できるチャンスはこの二週間しかない。コンテストまではあと二か月あるが、残りの時間は編集作業に充てたいのと、撮影メンバーの時間をこれ以上奪えない。人徳がある照の頼みだからと協力してくれたメンバーだ。僕ではこれだけの人を集められない。僕は照に心から感謝を込めながら、もう一度手を強く握り返した。
「ありがとう。照……僕はこの三週間を絶対に無駄にしないから。照も頑張って僕についてきてほしい」
僕はそう心をこめて言った。何だかちょっと上から目線な言い方になってしまったけど、僕が自分を信じなければ、誰も僕についてきてはくれないはずだ。だから僕はこの言葉を呪文のように何度も唱える。『僕は自分を信じる』と。
「おい」
ハっとするような鋭い声に僕は驚き、慌てて声のする方へ目をやった。そこには憮然としたヴァレリオが僕たちを見つめていた。
「……席を変えろ」
始まった……。
僕はヴァレリオのその態度にすぐさま憂鬱になった。最近のヴァレリオは照に対する嫉妬心が半端ない。僕はその度に考えてしまう。感情的な心など本当に必要なのかと。やっぱりアルキロス星人のように、ロボットのような無機質さぐらいが平和で争いごとがなく丁度良いのではないかと考えてしまう。だってそうだろう。いつも同じことを繰り返す進歩のない地球人よりも、例え遺伝子操作がされているとはいえ、それを今まで維持してきたアルキロス星人の方が、生物としてのレベルはずっとずっと上のはずだ。
でも、完ぺきに見える平和な世界を生きてきたはずなのに、ヴァレリオは、初めて出会った時よりも、今の方が断然生き生きとして見える。そう考えると、この宇宙には、完璧なユートピアなどやはり存在しないのではないかと思えてしまう。
「はあ、何言ってんの? つい最近、電動垂直着陸機が走空中にバランス崩したせいで落下しちゃって、死亡者が出たニュース知らないのか? 走空中の乗客の移動は危険なんだよ」
照はこれ見よがしに僕と手を握っているのをヴァレリオに見せつけると、いかにも深刻そうに大袈裟に言った。
照の話を聞いたSPは、ヴァレリオを更に強くシートに押さえつけ、全く身動きが取れない状態にしている。僕はそんな自由の利かないヴァレリオを気の毒だと思ったが、それよりも照の話が気になり、慌てて照に耳打ちをした。
「そ、それ本当なの?」
僕は高いところにいるのでさえ怖いのに、そんな恐ろしい話を聞いてしまい膝がガクガクと震えだす。
「……あはっ、摩央ってほんと可愛いなあ。嘘に決まってんじゃん」
照は愉快そうに僕に耳打ちをすると、鼻歌交じりに窓の景色に目を遣った。
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