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一人の夜と、二人の朝。(2/2)

「うへぇ、寒ぃな……」 朝の空気がキンと冷たく張りつめていて、もう冬なんだと主張してる。 もうちょい秋でいてくれりゃよかったのにな。 そしたら、もっとあちこちルスと出かけられたのにさ。 ルスはあんま言わねーけど、やっぱ冷えると脚がっつーか、傷痕が痛むっぽいんだよな。 まあ、それは俺もそうだし、だから冬はいっつも帽子が手放せねーんだけどさ。 俺は今年買ったばかりのふわふわの帽子をぐいとひっぱって、冷たくなってきた耳を包む。 いや、わかってるよ。 こんなポンポンまでついてるもこもこした帽子なんて、俺らしくねー事くらい。 けど、ルスが可愛い可愛いって言うからさ、なんかついつい、こんなふわふわもこもこしたのを選んだりして、可愛い系のコーデをしそうになるわけよ。この俺が、この歳で。 やべーんだって、マジで。 止める人が誰もいないっつーのがなによりマズイ。 騎士団にかぶってったら団員にからかわれるだろって言ってんのに、あいつらがまた面白半分で可愛いとか似合ってるとか言うからさ、ルスも『ほら』みたいな顔するしさ。 んなわけねーだろ! お前ら俺がいくつだかわかってんのか! 四十六だぞ!? うー、くそ、思い出したら恥ずかしすぎて……っ。 俺は、熱くなった頬を両手で押さえて白い息を吐く。 朝霧に煙る並木通りを抜ければ、俺達の住むアパートはすぐそこだ。 ルスはまだ寝てんだろーな。今日休みだし。 こんな朝早く帰ってきたら、呆れられっかな。 そんなに俺と離れてたのが寂しかったのかって、言われるかも知んねーな……。 そう思いながらも、俺の中でそう言って笑うルスは目眩がするほど優艶で。そんなルスをちょっとだけ期待してしまってる俺は、やっぱりダメだなと思う。 つーか、一刻も早くルスの顔が見たくて、早朝に帰ってきてる時点でもう十分ダメなんだけどさ。 もうすぐルスに会えると思うと、自然と口元が緩んでしまう。 ルスの寝顔をひとりじめするってのもいいな。そんな事を思いながら階段をのぼる。 俺は、かじかみそうな手を擦って、ルスを起こさないようそっと鍵穴に鍵を差し込んだ。 カチャリと小さな音で鍵を外して、そっと扉を開ける。 中に入って鍵をかける間に、ゴツゴツと荒い杖の音が近付いてきた。 普段ルスは下の階の人を気遣って、家の中では静かに杖をつくのに。 まだ朝っぱらだってのに。 俺、なんかルスを怒らせるようなことしたか……? 内心冷や汗をかきつつ振り返った俺は、次の瞬間ルスに抱きすくめられていた。 「ぅえ?」 いや、ちょっと、ルス、苦し……っ。 え、なに、やっぱルス怒ってんのか? なんか俺忘れてたか? 「レイ。……よく、帰ってきてくれた……」 耳元で聞こえたルスの声は、微かに震えていた。 「ど、どうしたんだよ。なんでこんな、朝早く……」 「それはお前もだろう」 うぐっ、その通りだけどさ。 ルスは強く抱き過ぎていたことに気付いたのか、少し腕の力をゆるめたけど、俺を離そうとはしない。 両腕使ってるって事は……。 視線で探せば、杖は壁に立てかけられていた。 じゃあルスはこれ、ずっと片足立ちしてるようなもんだよな。 「なぁルス、ひとまず中入んねぇ? ここだと寒いだろ?」 俺は、俺を離そうとしないルスの背を宥めるように撫でる。 俺のいない間に、なんかあったのかな? まさかルスに限って、俺がいなくて寂しかった、なんてこともねーだろーしなぁ……。 ん? でもさっきルス俺に『お前も』って言ったよな。 それって、ルスも寂しかったって――……。 不意に身体を離されて、一瞬ルスの顔が見える。 ルスは黒い瞳に恐怖の痕を残したまま俺を見つめていた。 え、なんで、ルス。何に怯えて……。 ぐいともう一度引き寄せられて、今度は深く口づけられる。 ルスの舌が、驚きにぽかんと開いた俺の口内に入り込む。 「……んんっ」 あんなに強張ったルスの顔、久しぶりに見た気がする。 ルスは一体、何が怖かったんだ? 「……ぅ、ん、……っっ」 聞きたいのに。 ルスは一向に俺を離そうとしない。 それどころか、ルスの手は俺の背を通り過ぎて、腰を撫で、尻を撫でて……。 ……っ、ま、待てって!! 「んんーっ!」 ルスの背をバシバシ叩くと、ルスはようやく俺を離した。 「すまん。苦しかったか……?」 そう言って俺を覗き込むルスが、今にも泣き出しそうで……。 「っだからなんで、そんな顔してんだよ!」 思わず叫んだ俺に、ルスは一瞬不思議そうな顔をして、それからくしゃりと顔を歪めて苦く笑った。 「……すまん」 「いや謝るとこじゃねーし、何かあったのか?」 「何もない」 「何も、って……」 そんな顔して、何もないってことはねーだろ。 俺がじとりとルスを睨めば、ルスは黒い瞳に欲を宿して俺を見つめ返す。 「あるとすれば、ただ、お前を抱きたかった」 「んなっ……!?」 そ、そんなふーに切り返されたら、な、なんて返せばいーんだ!? 「とっ、とっ、とにかく中入ろうぜ」 俺は強引にルスの横をすり抜けて部屋に入る。 ルスの言葉に俺の身体はカッと熱くなって、一気に汗が噴き出してきた。 コートを脱いでハンガーにかけると、ルスが俺の肩を掴んでゆっくり後ろへと引き倒す。結果、俺は後ろのソファに尻餅をつくような格好で着地した。 「!?」 すかさずルスが覆い被さってくる。 「レイ……」 黒い瞳が、焼けつくような熱を孕んで俺を射抜く。 「ル、ルス? まだ、朝――」 顎を掴まれて、俺の唇はルスに覆われる。 「ん、んんっ……」 ルスの分厚い舌が俺の歯列をなぞって、角度を変えながら上顎を撫で回す。 「……ん、ふ……ぅ、……っ、んん……」 う……これ、は、ルスが俺を本気で蕩かしにきてる、な……。 マズイ、力が抜けて、頭がぼーっとしてくる。 ダメだ、ちゃんと考えねーと。 ん……ルスが……怖い事って、なんだ……? 「は……」 ルスがゆっくり唇を離して俺を見つめる。 「レイ、お前が欲しい……」 まるで俺に縋るような、掠れたルスの声。 それに応えるように、俺の体温が上がる。 って、いやいや、俺今帰ってきたばっかで飯もまだだし、身体だって何の支度もできてねーからな!? 「お、俺でよければいくらでもやるけどさ、今すぐじゃなくて――」 ルスが俺を強く抱く。 ぎゅうと抱き締めてくるルスはどこか必死で、やはり何かに追い詰められているようだった。 「今すぐ、お前を抱きたい……」 な、なにをそんな焦ってんだよ。 もしかして、ルスが俺を抱きたいっつってんのは、俺に体で慰めてほしいってことなのか……? ルスの手が、返事も待たずに俺の下衣を下ろし始める。 「っ、ちょっ!? 待てって、まだ俺、風呂も――、っ」 ルスの指に直接触れられて、思わず息が詰まる。 あったかい。ルスの指だ。 ルスのゴツゴツした手が俺の後ろで蠢く。不意にルスの指先にグッと力が込められて、――ぁ、俺の内側に……。 「ルス、待っ――」 止めようとした俺の口を、ルスが唇で塞ぐ。 いや、マジで待ってくれって。 ルスってこんなにがっつく事あんのかよ。 こんな余裕無い顔見んの、初めて――。 「っ、んっ」 俺の内をルスが撫でると、思考はあっけなく霧散した。 「力を抜いててくれ」 「あ、やぁ、っ、ま、待てって、ルス。う」 ゆっくりだけど強引に侵入してきたルスの指が、やけに優しく俺を撫でる。 「ル、スっ、んっ、んん、んぅぅっ」 次第に異物感が薄れて、腹の奥が熱くなってきて……、ルスのくれる刺激が優し過ぎて、もっと欲しくてたまらなくなる。 「ぅあ……ん、……っ、あ……ルス、ぅ……」 思わずルスの頭に抱きついた俺に、ルスが息を吐くようにして囁いた。 「レイ……。お前に、触れたかった……」 安堵の滲んだ声。 どうやらルスは、俺の内側に触れてようやくホッとしたらしい。 なんなんだよ、まったく……。 俺はこんなに心配したってのに。 それでも、ルスが安らいだ事が嬉しくて、俺の心までぽかぽかしてくるのが、正直ちょっと悔しいくらいだ。 両腕で抱き寄せていたルスの頭を撫で回しながら、俺は軽口をたたく。 「なんだよ、ルスは俺がいなくてそんな寂しかったのかよ?」 からかったつもりの言葉に、俺の腕の中でルスがコクリと頷いた。 「ああ。……寂しかった」 「っ!?」 顔から耳までが一気に熱くなる。 慌てて両腕を引っ込めて顔を隠す俺を、ルスが見つめる。 俺を求める黒い瞳から目を離せずに、俺は指の間からルスを見つめ返した。 ルスはどこか自嘲するように、けれど愛を込めて囁いた。 「お前が居ないと、俺はダメなようだ」 ……………………は……? !? え? ルス、が? へ……? え? 俺がいないとダメって、ルスがか!? たまらなくなって、俺はもう一度ルスの頭を抱き寄せた。 「お、俺っ、もうどこにも行かねーから! ずっと、ずーーーーっと、ルスのそばにいる!」 ルスが俺の胸元で苦笑する。 「互いに仕事もあるだろう、無茶を言うな」 「いやだってルスがそんな、さ、寂しかったなんて、俺……」 全然気付かなかったし、考えてもいなかった。 でもそうだよな。 今までだって、このルスが何かを怖がる事なんて、俺を失うんじゃないかって時くらいだもんな。 いや、今俺、相当思い上がった事思ったな? ……でも、ほんとに、そーなんだよな……。 じわじわと胸に広がる喜びに、視界が滲む。 つーか、こんな風に思える日が来るなんて、ほんと夢なんじゃねーかなって。 まだ、どっか信じらんねーくらいに、思っちまうんだよ……。 ずび。と小さく鼻を鳴らすと、気付いたルスがソファに座り直して、俺を膝上に抱き上げた。 「また泣かせてしまったな」 ルスは困った顔で小さく笑って、俺の瞼やこめかみを唇で撫でる。 「う、嬉し泣きだから、いーんだよ……」 言わなくても、ルスなら分かってるだろうけどさ。 でも、伝えたいんだよ。 俺、お前に愛してもらえて、すげー嬉しいって。 「しかし、な……」 ルスの言葉が不自然に途切れて、俺は滲む視界を瞬かせてルスを見る。 ん? なんか下の方でルスのが硬くなって……。 「お前の泣き顔は可愛過ぎてダメだ」 俺を見つめるルスの目が据わっている。 「え、いや、なんて……?」 「もっともっと、お前のそんな顔が見たくて、堪らなくなる」 「……っ」 ルスはニヤリと口端を上げると、熱い俺の頬を優しく撫でて囁いた。 「レイ、今日はたっぷり、寂しい俺を慰めてくれるか……?」 …………はっ。 ルスの色気が凄すぎて、一瞬意識が飛んでた気がする。 気付けばルスは俺の服のボタンを開けながら、俺の首筋に唇を寄せていた。 「あっ、ちょっ、待てって! 見えるとこに痕残すなよっ!?」 「見えないとこならいいんだな?」 「――っ、じゃなくて! せめて朝飯食って、風呂ってからにしてくれよ!!」 俺の必死の叫びに応えるように、俺の腹がぐうと音を立てる。 ナイスタイミング、俺の腹! ルスも多少は気が削がれたのか「仕方がないな」と苦笑して顔を上げる。 「いや、仕方なくないよな? 真っ当な要求だよな?」 正当性を主張する俺の横髪を、ルスの太い指がそっと引き寄せる。 「お前を抱くのは、朝食後の楽しみにとっておくとしよう」 ルスはそう言って俺の金髪に口付けると、幸せそうに微笑んだ。

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