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お前には
5月の連休、浮ついてる間もなく中間が終わって、ほっとひと息。
けど麗らかな陽気が一転翻り、入梅、を意識させる糸みたいな雨が音もなく渡っている、じんわり冷えた朝だった。
「おはよう」
雨の日独特の湿気と音響の塊りに阻まれそうだったが、隣にやって来たいつもと変わらぬ控えめな挨拶は聴き漏らさなかったので、俺も同じように右側を向いて返した。
鞄を降ろす上半身はダークネイビーの長袖カーディガン。首許には薄手のグレイのストールを巻いている。今日、寒かったからな。
白い肌と暗色のコントラストが目に残って、俺も一時間目の支度をするも、
そういえば今日、あれ見えてない。
彼の存在意義を確認するじゃないけど、初めて机を並べた日以降、彼はもう例の首の左上部を隠すなんてことはしなくなったんだけど、
今ストールに覆われてる裏側、そこにある白のなかの黒点、慎ましやかな黒子が見えないなあと、
何故かそれを探るように見つめていたら、
ストールがふわりと擦れて、白い肌と黒子が覗いた。
「——え」
思わず声が漏れたのは、彼と、黒子と、白肌と。
それに俄かには直結出来ないものも露わになったからだ。
紅い、何かを擦った、その白い肌に強く圧しつけて、寄れたように行き過ぎた痣のような残滓。
そして、それだけでなく、力を込めた指を使って、
まるで、握り込まれたかのような楕円の斑点も、
ちょうどひとの片指くらいの数で、黒子の周りへ虫のようにへばりついていたのだ。
それ、どした。
その問い掛けも出てこないけど、俺の目と口は雄弁にそのかたちを語っていた。
無表情な横顔が、あの時と同じ、また俺の視線に気付いてさっとそれを片掌で覆い、素早くストールを巻き付けた。
「……」
「……」
「別に。何でもない」
そんな訳、ないんだけど。
だけど天川はあの時より拒絶の波動を発して顔を背け、俺ももうそれ以上見たり追及するのを止めた。
止めたのは、拒絶の覆いで囲われたからだけじゃない。
護るように掌とストールで首を隠しながら、背けた顔の先で、彼の唇が、
お前には、解るまい。
とでも漏らすかのように、
ひきつれた微笑のかたちで吊られているのを、見つけてしまったからだ。
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