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逢引きを重ねる毎に
放課後、今日も稜はまたしても部室へ寄らずに昨日教わった喫茶店へ向かった。
3時50分には放課になるので、まだ約束の時間にはかなり早かったが、見つけるのに時間がかかるかもと思い早めに行くことにしたのだ。
(この時代、スマホの普及率が上がり始めた頃で、中学生の稜はまだ持てない感じです)
新市街までバスに乗り、パソコンで調べてきた辺りを探してウロウロしていようと思ってやってきたのだが、約束の時間45分前に道路の車から棚橋に声をかけられた。
「稜くん早いね。私は今からもう一つやらないといけないことがあるから…えっと…乗ってく?」
軽くそう言ってくれるが、昨日会って何分か話しただけの人といきなり車に乗るのは抵抗がある。
「いえ、先に行って待ってます。この道向こうに行ったらありますよね」
棚橋はそれもそっか、と笑って、道はそれでいいけど小さな薬屋さんを右に曲がったとこね、と教えてくれて稜はお礼を言ってその場は別れた。
その喫茶店も目で見ない限りは安心は出来ないから。
言われた通り辿って、薬局を曲がるとすぐにレンガに囲まれた入り口が見えた。ガラス張りで中が覗けるので怪しい感じは全くない。
考えてみたらこういう『喫茶店』と言う所に1人で入ったことはなく、大丈夫かな…とオズオズとドアを開けると、年配の女性が出迎えてくれて、待ち合わせでここへくるように言われたと伝えたら
「ああ、棚橋さんのお連れ様?」
と言われてしまい、予約まで入れてたのか、と戸惑った。はい、と答えるとさして広くはない店内の、壁際の席へ通される。
そこは4人がけのテーブルだが他の席とは離れていて、物が運ばれてくる以外は人が周りにいない席だった。
てっきり個室とか怪しい感じを想像してた稜は、すこし安心して席につく。
「棚橋さんにはいつもお世話になってるんですよ」
とそのおばちゃんは言って、ご注文は棚橋さんを待ちますか?とも聞いてくれた。
「そうします」
とちょっと緊張気味に答えると、その人は暫くしてからサンドイッチとアイスコーヒーを持ってやってくる
「え…あの」
注文してないです…と言いかけて
「学校帰りでしょう?お腹空いてると思って。これはサービスだからね。そんな緊張するお店じゃないから、これ食べてリラックスしててね」
緊張をしているのを見透かされて、苦笑する。目の前の、しかもカツサンド。魅力的で仕方ない。サービスって言ってたけど何かあっても確か財布には5千円はあったはず…と色々考えて(疑り深い子…)
「いただきます…」
とあたたかいおしぼりもいただいて手を拭き、カツサンドに手を伸ばした。
それから程なくして棚橋はやってきた。
店に入るなりさっきのおばちゃんに挨拶をして、コーヒーを二つと言いかけてテーブルを確認し、カツサンドを頬張る稜と目が合うと破顔して、一つでいいね、と告げて席へやってくる。
「お腹空いてたよね」
棚橋は悪かったね、と言いながら席につきすぐに運ばれてきたコーヒーにミルクをドカドカ入れて飲み始めた。
常連だけあって店側も解っているのか、ミルクピッチャーも陶器の大きめなやつで温めてあり、それの大半を入れてしまう感じだ。
「お砂糖も…?」
稜は初めてみたが、テーブルに砂糖の入った器が置いてあり、もし欲しいのならと準備に持ち上げてみたが、
「砂糖はなしで」
とコーヒーを一口啜った。
「しかし、若い子がカツサンド食べる姿は見てて気持ちいいね。聡子さんのチョイスは完璧だね」
カウンターに向かって親指を立てる。
あの人聡子さんていうんだ…カウンターに向かってちょっと頭を下げ、再び咀嚼を始めた。
「運動部とかやってたの?っていうか部活やってたらこの時間空かないか」
腕時計を見ながら棚橋がそう言うと
「それも含めて…今日のお話になります」
アイスコーヒーでカツサンドを流し込んでから稜がぼそりと告げた。
「なるほど。じゃあ稜くんのペースでいいから話聞かせて」
テーブルに肘をついてその上に顎を乗せてニコニコと稜を見る棚橋に、身体を背もたれに引いて、目を逸らす。
この人距離感近いな…
稜は友達と見たAVの話や、先輩の上裸の話、そして今回の後輩キス事件に関わる部活終了の一件を、ゆっくりと話して聞かせた。
「大変だったんだね…」
全部聴き終えて、棚橋も背もたれに寄りかかって腕を組む。
「最初の話は、うん…私も覚えがあるよ。結構戸惑うよね。稜くんはゲイってことになるけど、まあそんなに気にすることじゃない」
って軽く言えるけどねー と瞬時におちゃらけてくれて、稜もちょっと扱いに困る。
「ちょっとめんどくさいから、俺って言わせてね。俺はねバイなんだよ。わかるかな両刀ってこと。男も女性もどっちもいけるんだけど、でも最初に男にときめいた時は流石に戸惑ったよ。なまじ女性でもいけてただけにね」
棚橋はコーヒーおかわりをカップをあげて示して、
「それにしても、その後輩君も悩んでいたんだろうね。稜くんのこと気になっちゃってさ。そりゃ部室に2人きりで後輩君にとっての君の可愛いところを見せられたらキスくらいしたくなっちゃうんじゃない?」
稜はそこで、初めて後輩の気持ちを考えた。
なんだか自分の事ばっかり考えてたし、なんならお前の行動はこんな大事になるんだぞ、みたいなことを知らしめてやるくらいに思ってた。
「僕はちょっと傲慢だったかな…」
カツサンドをお皿に置いて、ちょっと反省した。
確かにあんなストレートな行動に出た坂下を羨ましいとは思ったが、自分にできないから『なんだこいつ』的な気持ちもあったと思う。
「まあでもさ、そこが君らの年代であって、性嗜好が他と違うことを意識してしまう敏感な時期であるってことだよね」
持ってきてもらったコーヒーにまたしても大量のミルクをいれて、美味しそうに啜る。
「その後輩君は、多分一過性の思春期によくある迷いだと思うんだけど、稜くんはきっと本当の嗜好だよね」
そう言い切られて、少し絶望感が増す。これから起こる、嗜好バレとか親へのカミングアウトとか、なんでそんなイベントを背負うことになったのか。
「俺と出会えて、ラッキーだと思おう」
ニコッと笑って、棚橋は言うが…。
「誰にも相談できなくて悶々とする子も多いよ?同じような嗜好の大人と出会えるのってそうそうないでしょ」
まあそうだけど…と再びカツサンドに手を伸ばす。
「所で今何歳なの?中3ってことは、14?15?」
「まだ14ですけど、5月5日生まれなのでもうすぐ15です」
そっかー、とまた背もたれに寄りかかり少し思案する。
「俺、稜くんちょっと気になるなぁ。いきなり付き合おうなんて言わないけど、少し俺と一緒にいてみない?話も聞けるし」
背もたれに寄りかかってそう言う棚橋が、稜にはものすごく大人に見えた。
いきなりこんな大人の人に ー付き合うわけじゃないけどーって言われても、一緒にいると言うことは半ばそう言うことで…。
でも棚橋に安心感があるのは確かだった。
「急にこんな事言われたら戸惑うよね。返事は後でいいよ。取り敢えず、連絡先交換しよう」
棚橋はスマホを取り出し、自分の番号を稜に告げる。
「あ、いきなり連絡先も嫌だった?だったらまたこの店で…」
「いえ、大丈夫です。携帯くらいなら…」
とぱっかんする携帯を取り出して、番号を告げた。
「スマホ初めて見た」
と、自分のコールがなるスマホを見て羨ましそうに稜はいう。
「スケジュール管理ができるって聞いてね、飛び付いちゃった」
番号を受け、稜にかけ直す。お互い登録しあって、後は今更な自己紹介とかお互いのことを話しあった。
話を聞くと棚橋は39歳で、会社は父親が社長らしい。
その後継として仕事をしているが、結婚して、既に
「え、お子さんもいるんですか?」
だったらしい。それにはちょっと…というかかなり驚く。
こんなことしてるから、会社のお偉いさんだけど独身貴族なのかなとか思っていた。
「まあ…色々あってさ、一応バイではあるけどどっちかというと男性よりだから、自分も女性と結婚迄は〜と思ってたんだ…まあ会社は父親の会社だからさ、いわゆる会社同士のって…」
はは、と苦笑いで誤魔化すが、言ってみたら政略結婚だったらしい。奥さんの家の方が助けを求めてきて、こうなったと。
だから奥さんも当時付き合ってた人と今も付き合ってるし、その代わりに自分も自由にさせてもらってるという、結構波乱に満ちた結婚生活らしかった。
「そんな夫婦もあるんですね…」
「あ、子供は俺の子だよちゃんと。跡継ぎの義務があるから、俺にしたら一石二鳥だったし、可愛いぞ。機会あったら合わせてあげたいよ」
それは結構ですとははっきり言い難かったが、実際それはいいです。
「うちは、一家全員が法曹関係者で、僕もいずれは検事になろうと思ってます。親の事を詳しくは言いませんが、母親が弁護士とだけ…」
それには棚橋も驚いたらしく
「法曹一家ってすごいね。ご兄弟も?」
「はい、兄2人もそういう道に進んでますし、妹も母を倣うと今から言ってますね」
ーじゃあ優秀なんだなぁ、稜くんはーと感嘆の目で見てくるが、今はただの自分の性に悩む思春期小僧です、と言って、アイスコーヒーを手に取った。
それから週に1.2度のペースでこの喫茶店でお茶をしたりすることが続いたが、GWの中日 5月5日の稜の誕生日近くに会った時、
「5日は空いてる?ちょっと車で遠出しないか?」
と棚橋に持ちかけられた。
すぐに誕生日だからかなとは思ったが、まだ5回ほどしか会っていない人といいのだろうか…と逡巡する。しかし、何事も一歩一歩進んでいかないとだな…と思い、
「空いてますけど、どこにですか?」
と行き先を訪ねてみた。
稜の家はみんなが忙しいので、誕生日会などは幼稚園の頃以降はやったことがなかった。
夕飯時にプレゼントをくれたり、欲しいものを買いなさいとお小遣いをもらったりはするが、そこに本人がいなくても気にはしない家庭だ。
「GW最終日だからどうしようかと思ったんだけど、本当にドライブだけってどう?目についた所で遊んで、なんか食べてってやるの。俺は結構そういうの好きなんだけど」
親が忙しい家庭の子は、あまりそういうことをしたことがない。
宿を決めてそこに行って泊まって帰る的な旅行が多かったから。その提案は魅力的だった。
「楽しそう!そういうのやってみたかった。ぜひ連れてって下さい」
「もちろん日帰りだから、朝早いけど大丈夫?」
おじさんは早起き得意だけど、と自虐ネタを引っ張って笑わせてくるが、稜も朝型の勉強法が合ってる方なので、大丈夫!と言い切った。
「じゃあ、5日の朝6時にこの前の公園で待ってるから」
スマホにスケジュールを入れて、稜に伝える。
「はい、楽しみー」
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