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ファーストキス

 当日は、楽しみな気持ちを絵に描いたような快晴だった。 「何があるかな、今日のドライブ」  公園で会った時にはもう、稜はウキウキだった。  黒髪ストレートの頭にキャップを被り、動きやすく、且つ車でも窮屈じゃないパンツを履いて、白のタンクトップの上に着たシャツをインして薄手のブルゾンを手持ちでやってきた。 「私服も可愛い系なんだな」 「棚橋さんもかっこいい」  棚橋は、黒のタンクトップの上に色味が違う黒のジャケットを羽織り、パンツは白のチノパンだ。髪もいつもワックスで後ろへ流しているが、今日はワックス少なめで、髪が風に揺れている。思っていたよりは髪が長かった。 「稜くんに寄せすぎた気がしないでもない」  とちょっといつもしない格好だと照れて、助手席を促した。 「朝ごはん的なものは食べたの?」 「何も食べてないです。家の人誰も起きてなかったし」  そう笑って、でもこれをかすめてきた、とバッグから箱に入ったマカロンを出す。 「朝食にはならないなぁ」  苦笑した棚橋は、 「ちょっとコンビニにでも寄って、飲み物と軽食買って出発しようか」  と車を発進させた。  コンビニでコーヒーや稜はコーラを買ってもらい、後はパンとおにぎりを数点買って出発。 「先ずは関越にのるぞ」  そうきいて、新潟かな、軽井沢かな、それとも僕のわからない道でどっかかなあと思いを巡らせ、車は関越道へ入って行った。  付き合って、と言ってしまっていいのかはわからないが、まだ日も浅いので、2人の話はまだまだ探りの段階だ。 「うちの子男の子なんだけどさ、ちょっとおとなしいんだよなぁ。赤ちゃんの時も、もっと泣かれて夜も眠れないかと思ってたけど、そうでもなくてなんか拍子抜けしたんだよ。今はもう5歳だけどさ」 「いいことじゃないですか。でも母に聞いてますけど、僕も手のかからない赤ちゃんだったそうですよ?あ、じゃあ僕と似てるってことは棚橋さんのお子さん、中学に行ったらおじさんとドライブするような悪い子になっちゃうかもよ?」  その言葉に棚橋は爆笑して、 「稜くんほど可愛ければそうかもだけど、うちのはそこまで美形じゃないからな〜。同級生と地元の映画館が精々じゃないか?」  うわひどい言い方、と稜も笑う。 「なあ?そろそろお互い名前呼びしようか?敬語もやめてさ」  棚橋が急にそんなことを言い出してきた。確かに棚橋さん、稜くん はそろそろ言いにくくなってきた。 「え…と、じゃあ…」 「名前で呼んでくれる?稜」  呼び捨てられてドキッとする。 「じゃあ…司さん…」 「司でいいかな」 「え!そんなの無理」 「無理でもやって」  歯が綺麗で、歯を見せて笑う顔は稜のお気に入りになっていた。 「気が向いたらそう呼ぶよ、司」 「気がむくのはやいねえ」  そうやって歯を見せて笑う司を増やしたくて、稜は色々考えてもいる。 「でもあれだね、通りすがりにどこかへフラッと、って言ってもさ、高速乗ってるとなかなかできないね」 「待ってなさいって。少しはプランもあるから」  ふふんと笑って、コーヒーを口にするが蓋の飲み口を開くのを忘れていて、 「悪い、稜これ開けて」  と稜にカップを渡してきた 「案外抜けてるんですねえ」  飲み口を開けてやって返すと、ー俺案外こんな感じよ?ー と一口 「完璧な人より面白くていいよ」  稜もコーラを開けて口にする。さて、最初はどこかな。 「…って…」  入り口に立って、稜は呆然とした。 「ダメだった?ちょっと一回来てみたくてさ。一緒に来てくれそうな人いなくてつい今日の予定に…」  司もちょっとは『ダメかなぁ…』な感じで稜の後で色々言っているが、一応稜はこれをデートだと思っていた。なのに…なーのーに 「珍宝館…?そのまま読むの?」  うん、と司は頷く。  某インターを降りて車で何分かのところにある、男性器を主題にしたところ。  熱海の秘宝館が有名だが、ここも知る人ぞ知る場所。  案内のおばちゃんが、あっけらかんとエロいこと言いまくり、男性の股間を撫でまくるのでも有名だ。 「はぁ〜…でもまだ開館してないね…」  入り口の門のようなところにそびえ立つ大きな男根の前で2人は 「開いてないねえ」  と立ち尽くした。 「えー、また行けないのか俺。がっかり」 「あ、でも8時半かららしいよ。あと15分弱。…待つ?」 「待ちましょう」  キリッと言ったってダメだよ、と半ば呆れて稜も仕方ないと待つことに。  しかし15分を待たずして、中からおばちゃんがひとり現れて 「おや、ちんこが2本勃ってるね」  などと言ってやってきた。  それだけでも面食らうのに、 「朝の1発目は大概人が集まらないから、2人だけで挿入(はい)っていいですよ」  とか言いながら、真正面から2人の股間を軽くだが掴んでくる。  いきなりな行為にーヒッ!ーと声をあげたのは稜で、司は『ははは』と笑っていた。 「まー、親子揃って立派なものをお持ちだね」  親子…?  親子と間違われて、客観的に見るとやはりそう見えるんだなと実感する。 「俺の子がこんな可愛いわけないのにね」  と、司はそう耳打ちしてきて、稜を笑わせた。  しかし自分はともかく、司って立派なもの持ってるんだ…とちょっといらぬ感慨に耽る稜。  その後は舌好調なおばちゃんの喋りを聞きながら、料金を払って中まで案内してもらい、それはそれは目眩(めくるめ)く展示物を見させていただいた。  男女の交接にはやはりさほど興味を示さない稜だが、飾られた男根の数々には興味というよりは、なんだか様々な形に驚いていた。  まあ普通は自分以外のものは見たこともないものだから。  最後に売店にも寄ったが、そこにも男根グッズや子宝グッズが溢れ、稜が面白がったのは男根を(かたど)ったべっこう飴。  大きさもさまざまで、男根そのままのかたちをしているものだからその飴を舐めるということはもう、フェラチオそのままということで。(因みに女性器のもあるらしいです) 「へえ〜飴かぁ。買っていこうかな」  稜の呟きに、司の方が驚いてしまう 「え、買うの?本当に?」 「だめ?」  まだ2人はキスもしていない仲だが、それなのにいきなりこんなところへ連れてこられて、いささか稜も戸惑ってはいたのだ。  その意趣返しに、この飴舐めてやろうかなとか思ってもいいかなと思う。  でもしかしだ。これを目の前で舐めるということは、そういう行為を擬似でも見せてしまうということにもなる。 「やめとこうよ。稜にそんなもの舐められたら俺の理性が心配になるよ」  お?と稜は思った。司は司なりに我慢してるのかな。 「買ってるよ…この人…しかもそんなに大きいやつ…」  運転しながら、男性器に棒の刺さった飴を手にしている稜をチラチラと見る。 「家で舐めるので安心して」 「じゃあしまって下さいな」  半ばお願いのような言い方に、仕方ないなと取り敢えず梱包してもらった袋に納めた。 「練習でもするの?」  なんの?と聞いてやろうかとも思ったが、そこまでしなくてもなとも思い 「でもこれって細くなっていっちゃうでしょ。純粋に舐めるだけかな」 「じゅんすいになめる って言う言葉自体なんかエロティック」  司は苦笑する。  数十秒お互い黙る時間が流れたが、言葉を継いだのは司だ。 「一つ…話し合っておきたいことあるんだけど」  そんな言葉に首を傾げて司を見る。 「さっき急にあんなとこ連れてっちゃってごめんね。なんとなく楽しんでくれるかなって思ったんだけど、稜は思ったより大人だった」  所謂小学生のうんこちんこ並だと思っていたらしい。  まあ同級生を見ていれば、今回のところも目の色変えてウハウハ楽しんだだろうなとは想像できる。 「ちょっと気持ち上がってない?大丈夫?」 「見ている最中は、ちょっと…色々想像しちゃったけど、今はもう平気」  経験がない分、想像も年齢並みである。 「話し合いってさ、そのことなんだけどね」 「そのこと…」  理解はしている 「うん。俺は正直こんな性質だから、こんな可愛い子連れてたら…ん、はっきり言うけど抱きたいと思うよ」  『抱きたい』が『抱きしめる』とは違うんだろうなとも理解できる 「…うん…」 「でもな…やっぱり中学生は無理だ…」  はは、と情けなさそうな笑いを一つして、一瞬稜を見た。 「高校生だって、俺の年齢にしたらばれたら捕まっちゃうんだけどさ。それでもまだ高校生ならって言う線引きはあるんだよ」  具体的な話なんだなと思ったら、少しドキドキしてくる。 「俺といつまでこうやって遊んでくれるかわからないけどさ、俺が手を出さないからって、稜のことに気がないわけじゃないからって伝えておきたかった」  照れ笑いなのか、朝買った冷たくなったコーヒーを飲んでちょっとニコッとした。 「今日あんなところに連れてったから、次はないかも知れないものね…」  どうしてこう言う意地悪な言葉はすぐに出てくるんだろうか、僕は 「ええ〜?マジで?怒っちゃった?」  でも、司は余裕でそんな返答だ。 「意地悪は司だった」 「俺?意地悪かなぁ」  またしても笑みで誤魔化されて、ちょっと悔しい。  車は関越道へ戻ろうとしているところだが、途中の信号で赤に引っかかった。  その時だった。  司の左手が稜の頭に伸びてきて、静かにだが少し強引に引っ張られると、ちゅっと唇が重なる。 ーえ…ー  と思う間にそれは離れ、司はにこりとまた微笑んで前方へと目を向けてしまった。 「叩かないでね」  またコーヒーを口にして、チラッと稜を見る顔が稜にはかっこよく見えてしまう。 「叩きたい…」 「え、やめて」  冗談とわかって司は笑うが、稜は悔しかった。  今更悔しかった。坂下のことを恨んでも恨んでも恨みきれなかった。 「司とのキスが、ファーストキスじゃなくてごめんなさい」 「え?」  やけに神妙な声でそう言う稜に、司はつい車を路肩に停めてしまった。 「どうした?」  頭を撫でながら、顔を覗き込む。 「坂下が許せない…司とファーストキスしたかった」  なんだかわからないが、急に感情が溢れ出し、今言っていることが大告白だということも気付いていない。  まだ会って間もないから、まだ数回しか会っていないから、と知らず自分を制御していたのだろう。何気なくされたキスで、全てが解ってしまった。  司のことが好きなんだと。 「稜…」  泣いてはいないが俯いたままの稜を、司は自分のシートベルトを外して抱きしめた。 「ありがとう、そう言ってくれて。嬉しいよ。俺も稜が好きだよ」  と、おでこにキスをしてくれた。 「ごめんね、急に変な話し始めた上にキスまでしちゃって。いいかげん俺も我慢の効かない大人だね」  髪を撫でてやり、表面的には現れていない心の中の嵐を沈めるように宥める。 「でもさ?考えてみてよ。これから俺とすることは、稜には全部初めてのことでしょ?ファーストキスよりも、もっとたくさん色んな事しよ?後輩くんにとっては、稜とのキスは彼の一番の思い出になってるんだから、それは彼にあげちゃってさ、俺との初めて楽しんで」  そう言ってもう一度唇を重ねてきた。  唇を喰むようにされ、どうしていいかわからないまま同じように真似て、司の唇を喰む。  苦しくなって離そうとすると、鼻の頭をちょいちょいとされーああ、鼻呼吸でいいんだーと悟り、ゆっくりと唇を喰みあった。  車の外は、結構たくさんの車が走っている。中には気づいた者もいるかも知れない、でも知ったことではない。  稜は初めてする新しいキスに夢中だった。  高速に乗って、またとあるインターを降りて着いたのは滝だった。 「滝ってさ、普通高いところから落ちてくるのを眺めるでしょ?ここは、足元から下へ落ちていく滝を見るんだよ。珍しいでしょ」  とはいうものの、ここも微妙に時間が早くて手続きをとって中へと言うわけにはいかず、外から入れる部分を散策した。  そこでも十分下へと流れ落ちる滝のような水は堪能できたし、割れた石を飛び越えながら歩くのも面白かった。  そして何より新緑の木々が綺麗で、今まで本で読むような『空気が綺麗』と言うのを稜は初めて体験する。 「んー、気持ちいいね」  深呼吸をして伸びをした。 「なんか静かだな」   司も新緑を見上げて、伸びをする。  静かな風がゆらゆらと葉を揺らし、葉の擦れる音と水の音も心地いい。  どこかで鶯まで鳴いて、出来過ぎ〜とつい稜は笑ってしまった。 「確かに」  司もつられて笑い、その声すら周囲に響くようだった。  本当はいけないのだろうが、稜は膝を折って座り水に触れてみる。 「結構冷たいんだね。落ちたら今の時期じゃ寒そう」 「どれ」  司も稜の隣にしゃがんで水に触れた。 「あ、ほんとだ。稜落ちないようにね」 「落ちないでしょ。こんな狭い水路みたいなとこにさ」  顔をあげてー何言ってんの〜ーと言おうとしてまた唇を塞がれる。  ほんの少しの軽いもの。  2人で石の上にしゃがんで、ちゅ…ちゅと何度もキスをした。 「今日はいっぱいキスしよう」  すごい間近で、司が言う。 「うん」  やっぱり好みの顔だなと、ちょっと照れて稜はもう一度目を瞑った。

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