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翼に乗り、穏やかな世界で 1
Alle Menschen werden Brüder,
Wo dein sanfter Flügel weilt.
(翼に乗り穏やかな世界で、全ての人々はきょうだいとなる)
「こんな事してる場合じゃない」
とも思ったが、ハローワークの帰りに市民プラザやらコミュニティセンターやら(要は横文字のついた公民館だ)に立ち寄り、サークル募集のチラシを集め回った。
市民吹奏楽団のチラシもあったが、最初に泣く泣く除外した。また楽器をやろうとすると、それを大枚叩いて買って、本来の音が鳴らせるレベルまで持っていくところからやらなきゃならない。初心者の出す音が「しずかちゃんのバイオリン」レベルの事故物件なのは全ジャンル共通だ。練習場所にも困る。
当時のレベルに戻すまでが一苦労だし、戻らないという事もあり得る。戻ったとしてもその当時だって決して上手かったわけじゃない。
教室に通えばいいんだろうけど、発表会でソロを披露したい訳じゃないし、第一諸々お金がかかり過ぎる。
なかなかピンと来るものがないチラシの束の中に「市民第九合唱団」のものを見つけた。なぜかひどく懐かしい気分になった。
「第九?第九ってあの、年末の?」
僕はあの、大晦日の夜の会話を不意に思い出した。唯人さんが第九の話をしたのは後にも先にもその一回だけだったーー火曜日になるはずだった店の定休日が、結局別の日になってしまったからかもしれない。
「中毛第九合唱団」というこの街の名前を冠した合唱団のホームページにアクセスしてみた。
我が街、中毛市にはその名を関する第一から第十までの合唱団があって、その九番目……という意味ではもちろんない。
日本における「第九合唱団」とは多くの場合「ベートーベン作曲・交響曲第九番第四楽章の合唱パートを歌うことを目的に結成されたアマチュアによる合唱団」を意味する。練習日は火曜の夜七時……ここが唯人さんの言っていた合唱団に違いない。
しかし、唯人さんが話を持ってきたのがかれこれ十年ほど前……昭和のコンビニじゃないけど「やっててよかった!」と思ったら、設立は僕の生まれるずっと前。お見それしました。
ママさんコーラスにグリークラブ、職場の合唱団ーー今みたいに娯楽が飽和してなくて、戦後の日本じゅうが合唱ブームに沸いていた時だ。
トップページを飾る去年の舞台写真を見るに、長年活動し続けている人や仕事や育児で手一杯だった人がリタイア後に入った人たちが過半数のようだ。しかも圧倒的に女性が多い。
カウンター数つきのホームページ、文章は正確で綺麗だが更新頻度が年に数回程度のブログーーなどを見ると、管理人氏もやっとこインターネットを使いこなしている、という感じだ。「一億総ITにこき使われる」時代以前にサラリーマン時代を逃げ切れた、幸運な人物なのかも知れない。
「さすがに同世代は少なそうだなあ」
だがよく考えると自分だってリタイア寸前の世代じゃないか。それに定年退職したら(いや、その前に就職しなきゃ!)地域から孤立しないために自治会や老人会のつき合いだって必要だろうしそれに慣れておくためにも……
もうすぐ奏が、こっちで始めたバイトから帰ってくる。今夜のおかずの鶏肉とじゃがいもを煮込みながら(ん?じゃがいも、続き過ぎかなあ……)もう一度チラシを読んでみた。
「今年度団員募集中。初心者大歓迎」という見出しの下に「毎年新入団員を募集しています。三分の一は初心者です」という一文がある。
初心者で本当に大丈夫なのか?
歌には苦手意識があるが、音感が悪いとは思っていない。それに合唱は一つのパートを何人かで一緒に歌う。高校の吹奏楽部時代、人数が少なくて一人だけのパートを吹いたり、他のパートまで助っ人したりしてたあのクソ度胸が僕の中にカケラでも残っているなら、何とかやれるんじゃないか。
演奏会は十二月だが、それ以降はオフシーズンで毎年五月に「結団式」を行うのだという。
日にちはゴールデンウィーク明けーー意外とすぐだ。
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