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できなきゃ夕日に向かって走っとけ! 8
「あのね、アカリちゃん。砂男の『すなお』じゃなくてね、真っ直ぐって意味の『直』なの。これでも僕のお父さんが一生懸命考えてつけてくれた名前なんだ。アカリちゃんの名前だってそうでしょう」
アカリちゃんは嬉しそうに「うんとね、ママ!」と答えた。
アカリちゃんに名前をつけた「ママ」は「おーさん」とは別な人らしい。じゃあ「おーさん」はパパなんだろうな……そりゃそうか。
いや、待てよ。今日びそうとも限らないんじゃないか?例えばママとお母さんがいたり、パパとお父さんがいたり……あるいはトッツィーとかミセスダウト的な?
僕がまたも悩んでぐるぐるしていると、
「藤崎さん、学校の先生だったんですか?」
「おーたん」が唐突に聞いてきた。そんな風に見られたのは初めてだが、そのココロは?
「いや、会社員でした。花田さんと同じ会社で」
「ああ、そうでしたか。会社、大変だったんですって?」
僕は「はい、まあ」と答えて後の言葉に窮した。
「あ、すみません。立ち入った事が聞きたかった訳じゃなく……ただ、子どもの扱いに慣れてらっしゃるなーと思って」
えっ、そうかな?
「そうでもないですよ。僕は独り者で自分の子もいないし。ただ、甥が小さい頃、よく面倒を見てたので……」
「そうなんですか。あの、就活中の?」
「そうです。アカリちゃん、いい子ですよね」
「えっ、あっ、ありがとうございます」
「おーたん」が照れたような笑顔を浮かべて、頭を下げた。属性はイマイチ不明ながら、一生懸命アカリちゃんを育てようとしているのはすごく伝わってくる
ーー大丈夫。きっとアカリちゃんはこのまま心身とも健康に育つし、真っ直ぐで思いやりのある大人になる。
なんて、通りすがりの僕に偉そうなことなんか言えないのだけど。ただ、奏に四苦八苦していた頃の姉の姿と重なって無性に励ましたくなった。
「おい、結団式始まるで。帰りに楽譜買うの忘れんなよ」
斉木さんが僕の肩を叩いてホールの中に入って行った。僕同様、まだロビーにいて手続きをしたり談笑したりしている参加者達を花田さんが入り口に誘導している。
僕は申込書に添えた二枚の諭吉に慌ただしく別れを告げ、斉木さんに続いた。
舞踏やヨガのサークルにも使われるという体育館型のホールは、後方に可動式の客席が出されていてすでに満杯だった。前方の床面がステージになっていて奥の方に演壇とグランドピアノが置いてある。下手の方に役員や指導者の先生とおぼしき人たちが座っていて、客席の前方にパイプ椅子が補助的に並べられている。
その数三百人ーーまではいないかもしれないけど、けっこうな人数だ。
式自体は割と型どおりに進んだ。合唱団長の挨拶、合唱団についての説明と指導者、稽古ピアニストの紹介、今後の予定と改めての入団の呼びかけ等々。
共演予定のプロオーストラ、北関東フィルハーモニー交響楽団からは来賓として事務局長が挨拶に来ていた。そしてなんと、金管セクションのアンサンブルがサプライズ演奏に駆けつけてくれていた。至近距離で生の、しかも第一線で活躍中のプロの演奏が聴けたーー何十年ぶりだろう。高校の時、先輩に連れて行かれた演奏会以来じゃないか?ーー元・全力金管少年は胸が熱くなる。
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