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SDGsでいこう 3

 今朝、真新しいリクルートスーツ姿に身を包んだ奏が二階から降りてきた。 「入学式のスーツでいいじゃん。うちお金ないんだし。同じ黒なのにどう違うのさ?」となかなか納得しなかったという奏に(もちろん姉に泣きつかれて)「リクルートスーツとはなんぞや」「なぜ就活にリクルートスーツが必要か」と電話口で同じ説明を小一時間繰り返したのが去年の今頃。  納得したのかしてないのか、イマイチ微妙な反応で電話を切った次の日「友達がリクスー買わなきゃだめだって言ってた!」とイマドキの略語込みであっさり転向してくれたというオチつき。ありがとうな、友達!  それでさっそく次の日、姉は「気が変わらないうちに」と奏を某紳士服店の「フレッシュマンクーポン」期日内に連れて行くことができたというわけ。  まあ「何が違うのか」っていうと……今だから言うが、絶対スーツ屋の陰謀だよ。世の中、やれノーネクタイデーだクールビズだとどんどんスーツレスの方向に舵を切っているから、いたいけな貧乏学生とその親の財布を当てに、冠婚葬祭の礼服もセットで勧めて絞れるだけ搾り取ろうという魂胆なんだ。  テレビ通販の宣伝文句じゃないが「何と!これ一つで全部オーケー!」でいいじゃん。全くもって許せん。虚礼反対。  ところで、今日は企業説明会だという。  奏は思いこみとこだわりが強いし一般常識もイマイチだし心配ではあるんだけど……代わってやれるわけでもなし。  「後援会みたいにみんなで話を聞くの?それとも企業のブースがあってあちこち回るやつ?」 「わからん」 「会場どこ?」 「どこだっけな。いつもの駅降りて、違うバスに乗る」  ふざけたり反抗したりしているわけではない。奏では概念的に物事を把握したり、それができてもアウトプットするのが苦手なのだ。僕に的確に状況を説明できるんなら、そういう能力は面接官の前で発揮できればいい。  これまでの経験上、こういう時の奏の頭の中にはちゃんと彼なりの地図や段取りがあるのだ。そこまででなかったとしても、世の中のたいていのイベントは時間や場所さえ間違えなければあとは何とかなる。 「朝飯は食ってけよ」 「うん。何かある?」  僕は昨日の戦利品である見切り品の食パンをオーブンレンジに入れ、いつものようにコーヒーとほうじ茶を淹れた  姉が折半してくれるとは言っても、バイトのみでこれまでと同じ家賃を払っていくのはやはり厳しい。新聞と掛け捨ての保険を解約し、スマホを通信制限つきのプランに代える予定だ。いや、新聞は奏の時事問題対策に要るかなあ……読んでるとこなんか見たことないけど。  スマホをいじりながらトーストを頬ばる奏に聞いた。 「夜は家に泊まるのか?」 「うん。向こうで買い物もしたいし」 「しばらくいるのか?」 「いや、そんなに長くはいない」 「いつ戻ってくるんだ?」「わからん」  まあ、明日か明後日くらいだろうな。 「こっちと向こうの家の鍵、忘れずに持って行くんだよ」 「わかった」 「僕は昼過ぎまで仕事だし、明日は夜も合唱の練習でいないから」  奏は突然、「ぶはっ」と吹き出した後せき込んだ。 「おい、大丈夫か」 「え?つか、ナオ君、合唱始めんの?まじで?ウケる」  先週は応援してくれてると思ってたのに。 「まじだ。苦しい家計から団費を納め、楽譜も買ってしまった。後には引けない」 「へえええ……だけど合唱団なんてオバさんばっかじゃないのか。いじめられない?」 「大丈夫だ。オッサンもいるし、花田さんもいる」 「花田さんて?」 「僕の元職場の上司だった人。いい人だよ」 「へえ、まじで?でも知ってる人いてよかったじゃん」 「六月まではまだ団員募集中だそうだ。特に男声パート。というわけで、君もどうだ。花田さんがぜひにと言っていたそ」 「いや、遠慮しとく」  即答。ま、予想通りだ。

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