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人生のボーナスアイテム 3

 唯人さん。今週から一人で配達に出ている。 仕事は今日も順調だーーいや、厳密に言うと昨日ちょっとやらかした。だが、振り返ってウジウジしても仕方ないので、前向きに今できる事をちゃんとやるだけだ。  今週から夕食用の加工済み簡単食材を配達する午後番の組にも入る事になった。  今日は梅雨前の貴重な晴れ、珍しく昔の五月らしい爽やかな日で窓から入る心地いい風を感じながら三車線の国道を走っている。井桁状に整然と組まれた幹線道路網から一歩外れて旧市街の住宅地に入り込んでいくと、戦前どころか下手すると城下町時代からの自然発生的な道をそのまま舗装したような、一方通行でもギリギリの街路が何本も複雑に入り組んでいる。  僕がこの街に住み始めた当時、この界隈は歴史ある女子短大を擁する文教地区だった。瀟洒な学生アパートと教職員が住まうレトロな住宅街。生協に専門書店、当時目新しかったエコロジーやフェアトレードを謳った店ーー他にもお洒落で個性的な店が並んでいたが、品揃えも価格帯も割と堅実だった。人通りと活気がありながら猥雑ではない雰囲気が好きで、特に何があるという訳ではないのだが独りだった頃は時々気分転換に訪れた。  いかにも「人が住んで歩いているところ」という体温や手触りのようなものが、至る所に残っている界隈そのものは心地良かった。だが一歩外に出るとマイカーありきの世の中だから、見通しの悪い道を抜け道代わりに遠慮なく入ってくる車が結構いて危ないなぁと思っていた。  ある時本当に軽く轢かれかけて、それで頭に来て足が向かなくなった。  いくら時短といったって、メインの道で信号待ちする代わりに、歩行者にヒヤヒヤしながら狭い道を抜けるのはそこまで効率よくないと思うんだけど……足があってちゃんと歩けて、おまけに体重まで気にしているのにスーパーで一台でも近い場所に停めてみたり、徒歩五分の距離を傘代わりに乗っちゃったりさ。  人間、車に乗る側になるとどんどん横着で横柄になるよね……僕も含めてだが。  それはそうと、少子化のあおりで十年ほど前に短大が閉校した。それは知っていたが、この界隈がここまで寂れているとは思わなかった。  もっともこの街で寂れていない場所なんかないのかもしれない。  件の短大跡地には大型家電店が建った。せめて激安スーパーか生鮮食品も扱うドラッグストアでも建ててくれれば周りの住民は大助かりだったろうに、資本主義ってのはなかなかうまくいかないもんだ。  城下町から県庁所在地に発展したそれなりの歴史ある街である中毛市だが、戦時中の空襲と新しもの好きの首長による大型公共事業の連発で、辛うじて残っていた戦前からの風情のある建物群や街並みは姿を消してしまった。先人の知恵である赤城おろしを防ぐ屋敷林の二毛作の麦畑が養蚕屋敷とセットになっている伝統的な農村風景すら、新興分譲地と休耕地とバイパス予定地のつぎはぎに変わりつつある。  昭和以来の親→子→孫というマイカー増植(だけ)に合わせて、知事も市長も調子に乗って平地にばんばん大きな道路を建てまくったもんだから都心からの便だけはよく、バイパス沿いはまるで郊外型大型チェーン店銀座だ。  一方、駅に近いメインの商店街はマニア(何の?)の間で「昭和の風情が残るシャッター商店街」と呼ばれ、自主上映系映画のロケ地なんかによく使われている。  シャッター店は店主が高齢で店を閉めただけでそのままそこにすみ続けている「しもた屋」の場合も多いので、一概に空き家とは言い切れないのだが。  市では「中心市街地再生」ということをしきりにうたい、空き店舗の貸し出し補助やら駅前介護付きマンションの誘致やらをアリバイ作りのようにやっているが、少子化もドーナツ化も令和になって突然始まった訳ではなく、僕も小学校の頃社会の時間に習っていた。取り返しのつくうちにどうして、そこで昔から生業を立てていた人達をもっと大切にしなかったんだろう。  当時は福祉先進国や姉妹都市への議員の視察旅行を税金使って散々やって、参考事例を散々見てきたはずなのに謎だ。  そんな訳で、街中なのに買い物難民がいるーーそんな矛盾がこの地域の宅配需要を産みだし僕の雇用を支えているんだからなかなか複雑ではあるんだけど。

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