43 / 99

人生のボーナスアイテム 4

 家電店の赤い看板と馬鹿高い県庁のタワーで方向感覚を保ちながら、ご新規さんのお宅を目指しね左右に昭和臭漂う商店や町家がずらりと並ぶ細い路地を行く。ちょっとした迷宮ぶりにラスボス感が漂う。  スイカズラやモッコウバラのよく手入れされた生垣や清潔な日焼けシェード、整然と並んだ植木鉢ーー建物に古さは感じるし店はしまっているが廃墟感はそれほどない。かと思えば比較的新そうな建物が全放置されている事もある。  少子高齢化により県の空き家屋率が栃木に次ぐ全国15位……というローカルニュースがカーラジオから流れてきた。隣の埼玉が46位、東京が44位だから首都圏にしては高順位だ。放置空き家はこの20年で倍近く増えているんだとか。  ただし、空き家の固定資産税が減免されなくなったり、県や市で取り壊しに補助金を出すようになったせいか、解体の工事現場もあちこちで見かけるようになった。  空き家を取り壊した後の猫の額のような跡地にはまた、若年世代向けの格安注文住宅がぽつんぽつんと建ち始めている。  過疎の農山村とちがい、土地が売れるだけマシなのかもしれない。新しく住む人達が身近な地域を愛して応援してくれれば、この界隈もまた盛り返すのかもしれない。  更地になって初めて「あれ、ここ何があったっけ?」と思う時もあれば、ちゃんと手入れが行き届いている昭和の文化住宅風のお気に入りがある日突然取り壊されていたりして、それはそれで寂しい。  ホント、他所から来た通りすがりなもんだから我ながら好き放題言っているのな。  と、それらしき家が路地の突き当たりにあった。ハザードを出してバンを停め「おまかせ時短夕食セット」の入った発泡スチロールの箱とお弁当の保温容器をカートに乗せて押して行く。  決して広くはない敷地一杯にこんもりと森があって、茂る青葉の上に山小屋風の切り妻屋根がのぞいている。とても市街地の真ん中とは思えない景色だ。低い木塀には杉の丸板が打ち付けられていた。 「 Deine Zauber(ダイネ ツァオベル)」ーーあなたの魔法。  第九の歌詞に出てくる言葉だ。自宅兼店舗か工房のようだが家主はドイツ人か?いや配達先の名前は日本人名だった。ひょっとして、合唱団関係者?  存在自体がトリッキーな顧客宅に踏み入れる。門から入って木道を十歩ほど歩くと「子ども安全の家」というイラスト入りのステッカーが貼ってある空色のドアに行き着く。  鼻先をふんわりと香ばしく甘い香りがくすぐり、空腹がひどくなる。「へンゼルとグレーテル」の魔女?まさか。  年季の入った褪せ感と装飾のついた燻し色ノッカーがいいアクセントになっている。インターフォンはない。さっそくトラップか?  配達票には「ボックスに配達」と書いてあったが貸し出しのボックスは見当たらない。うーん。  これが店の入り口なら、このまま「ごめんください」と入って行っても問題はないのかもしれないが、住宅の玄関ならまずい。何から何までどっちつかずの様式というのは戸惑いしか生まない。  数十秒ほど考えて「ノッカーでドアを叩き声をかける」というきわめて原始的な解決方法に気づいた、その時。 「どちらさま?」  魔法の館の主らしい、意外と若いーーしかもひどく聞き覚えのある声が聞こえた。次いで建物の陰からアジアンティストなTシャツに白い長エプロンを締めた人物が、何かの植物を手に現れた。 「『おーたん』さん!」  しまった。思った事そのまま声に出しちゃった。本人またもゲラゲラ笑っている。  そうだ確か配達票の名前は…… 「千木良(ちぎら)……(かける)さん?」 「よかった、やっと名前覚えてくれた」  チギラさんは満面の笑みでそう言った。  いや、もちろん名前覚えたかったけどいつも離れてるし、こないだはネームプレート裏返ってたんですよ。 「藤崎さん、仕事見つかったんですね。よかったあ」 「新入りですけどね」  地方都市の世間の狭(以下略)でもこれは嬉しいサプライズだ。

ともだちにシェアしよう!