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喜びよ!ふたたび 4
今週はチギラさんと会っていない。
配達の曜日は留守で置き配だったし、今日の練習は休みだった。
帰り際、気のせいかロビーがいつになくざわついていた。畝川先生に花田さん、斎木さんまでもが深刻な顔で、運営のメンバーや施設の職員、警備員の人たちと話していた。ホールの設備に故障でもあったんだろうか。それとも駐車場で車上荒らし?最近多いんだよな、嫌だなあーー少し気になりながらも外に出た途端、熱い湿り気にくるまれた。
昼間灼けた舗装の上に籠もった熱気が引かず、サウナを通り越して全身茹でられているみたいだ。
マナーモードのままのスマホが鳴った。SNSに奏からの買い物のリクエストだ。一分でも早く帰って、シャワー浴びて寝たいのになあ。
「やれやれ」
車で通りを迂回し、一番近くのコンビニに入った。入り口を入ってすぐの雑誌コーナーのところに、小さな女の子がラックに背を向けて床に座り絵本をめくっているのが目についた。
今どきのコンビニって絵本も置いてあるんだなと感心したり、買う予定のない商品を勝手に触っているとしたら親は叱らないのかな……と思ったり。それらしき姿は店内にない。
僕が子どもの頃なら若き両親に、十戒全クリアの大罪人扱いで叱り飛ばされたに違いないが、学生らしいバイトの若者は気づいてないのか気にしてないのか特に注意を払うわけでもない。僕はなんとなくもやもやした。
「あれ?」
女の子が来ているTシャツと髪飾りに見覚えがあった。僕の声に気がついた女の子が顔をあげた。
「アカリちゃん?」
「おじさん、だあれ?」
あれ?完全に忘れられてる。
ということはチギラさんも同じ店内にいるのか?期待と別な緊張が走り、僕は店内をもう一度見渡した。
「藤崎直。おーたんと一緒に第九合唱団に入っている人です」
「すなおだー!あははは」
思い出してくれたのは嬉しいが声が大きい。僕はなるべく優しい顔を作って人差し指を唇に当てた。アカリちゃんは「しまった」といった表情をして両手で口を押さえた。
「おーたんは?」「まいご」「迷子?」
「おーたんがまいごになっちゃったの。だからアカリ、ここでまってるの」
アカリちゃんは困ってる風もなくにこにこしながら胸を張った。
「ええっと……、じゃあ、おーたんがアカリちゃんにここで待ってるよう言ったの?」
アカリちゃんはやはりにこにこ顔で首を大きく縦に振った。察しが悪くバイアス働きまくりの事なかれで危機管理能力皆無の僕だが、ここで納得して「そうなんだー。早く来るといいね。ばいばい」と空戻りするのはさすがに違うだろうと思った。
念のためもう一度店内と店の外を目で探した。チギラさんの番号は仕事用のスマホの中で、会社にある。
「お腹が空いた」
アカリちゃんがそう言うのでとりあえずおにぎりを買い与え、窓に面した飲食スペースで他愛のない話をしながらーーと言ってもアカリちゃんが学校の友達や好きなアニメキャラクターの話を一方的にまくしたてるのを適当に相づちを打って聞いていただけだがーーチギラさんを待ってみた。駐車場にそれらしき車はない。
アカリちゃんの話が途切れたタイミングで聞き返してみた。
「アカリちゃんの家ってこの近くなの?」「ううん、遠いよ」「車で来たの?」「そうだよ」
アカリちゃんは相変わらずニコニコしているが、昭和の時代ならいざ知らずチギラさんが夜一人で小さな子をおつかいに出すとは思えない。それにどんな事情があってもお腹の減った子どもをコンビニに放置していくような人ではない。
そんなことを考えながらかれこれ十分ほど待ってみたが、チギラさんが現れる気配はない。もしや何かあったのでは……と僕はだんだん不安になり始めた。
ーー警察に相談するべきなのかなあ……
ーーそうだ。合唱団の人ならチギラさんに連絡つくんじゃないか?
だが、合唱団の人達の番号も僕は知らなかったので頭を抱えた。
ーーそうだ。文化センターに花田さん達がまだいるかもしれない。
さっき出て来た文化センターとは車で数分ほどしか離れていない。
「文化センターに第九合唱団の人がいるんだけど、行ってみない?」
「いく!」
アカリちゃんを車の後部座席に乗せて文化センターのロビーに戻ることした。涼しい夜風ーーというには不穏な、冷たい強風が吹いた。
ーーまたゲリラ豪雨かな。
サイズが合わないシートベルトを脇の下でどうにか締めてやったところで「すみません」と後ろから声を掛けられた。
そこにはパトロール中らしき、多分僕と同年代くらいの警官が立っていた。
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