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人生のボーナスアイテム 1

 Küsse gab sie uns und Reben, Einen Freund, geprüft im Tod; (人生ゲームのボーナスアイテム、無二の心友とワインとキス) Wollust ward dem Wurm gegeben, und der Cherub steht vor Gott. (ビギナーには基本アイテムプレゼント!智天使(ケルビム)までレベルを上げれば激レアステージ「神の御前(おんまえ)」が開くよ!※なお無理ゲーの模様)  さんざん発音を直されて一通りメロディをつけて歌って、また繰り返し直されてーー  唯人さん。  今夜が三度目の第九の練習だ。  歌えないところ、出せない音はまだまだあるが、先生のアドバイスを聞きながら発声練習を繰り返しているうちに歌うこと自体にはだんだん慣れてきた。  七時から九時までの二時間ーー新入団の僕らは発声練習があるから二時間半だがーー二時間という時間は十分なようで短い。パート練習を終えて休憩時間を挟み全体練習が始まるまでの「スキマ時間」に運営事務局や先生からの色んな連絡や注意事項が矢継ぎ早に、効率的に挟み込まれる。 「初めて入団した方の中には難しい、とか大変、などと感じる方がいらっしゃるかもしれませんが、同じ箇所を繰り返し練習していくので心配しないでください。もしどうしても不安がある方は私たちにご相談ください」  合唱団の事務局長は志塚(しづか)さんという同年代の(多分だけど)女性で、練習での注意事項(スマホの消音とか私語禁止とか基本的なこと)や結団式での忘れ物などをきびきびとした口調で連絡した。きちんとしたブラウスにタイトスカート姿で役所とか金融機関とかいわゆる「堅いところ」に勤めてそうな人だ。  期待もしていなかったが予想通り「合唱友達」のようなものはできていない。花田さんも斎木さんも運営の仕事があってたいてい忙しくしてるか他の誰かにつかまっている。 「おーたん」もそう。今日はアカリちゃんを連れていなくて女性パートの人達に囲まれているが、それはそれでいいんだ。横列の同じ並びで声はよく聞こえるし、彼は「推し」みたいなものだから、同じ空間にいて観察しているだけで癒される。  女の人はグループ同士固まったり、たまたま隣の人をつかまえて喋り倒したり「のど飴どうぞ」なんてやったりしている。  今日は休憩時間がやたら長く喉を湿らせて(喉のためにも熱中症予防のためにも水分補給は大事だ)トイレにでも行って帰ってくるとすることがなく暇だ。本当は覚えたての歌詞とフレーズを忘れないうちに復習したい。合唱って吹奏楽部の休憩時間みたいに「みんなで渡れば怖くない」式に好き勝手に個人練習したりしないのな。 「除湿運転のはずなんだがな」  斎木さんの話し声も、どこにいてもよく聞こえる。 「エアコン全然きかねえやな。ちぃっと行ってくらあ」   その通り、梅雨が近いのか機械の音はするのに人いきれで蒸し暑い。ぼんやりしていた僕の目の前に、手のひら一杯の紫陽花の花びらが差し出されたーーいや、パステルカラーの包み紙にくるまれた飴の山だった。どちらにしても驚いた。 「お裾分けです」  聞き覚えのある低い声の主を見上げて二度驚いた。 「あ、……」

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