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SDGsでいこう 9

「『Freude』ーー『F』だから。ちゃんと下唇噛んで」  日本人あるあるだな……(僕も人のことは言えない)。 「あと『R』は巻き舌ね」  先生はさらっと言うとドゥルル……と歯の裏で舌を器用に回した。  金管楽器の技法でフラッタータンギングというのがある。巻き舌のまま音を出すもので、現代音楽で使われることが多……いや、イメージはできるし練習もしたのだが巻き舌の段階で挫折した。  奏は喃語の頃からやたらこの巻き舌が上手かったなあ。フラッタータンギングとドイツ語のRに軽いコンプレックスを抱えていた僕は奏の鮮やかな舌さばき(?)がかなり羨ましかった。  奏の発達障害がわかったとき、姉が「この子の個性は生まれてくるときに神様がくれた特別なギフトなんだ」と言っていた。「神様のギフト」というのはもしかしたら、できるだけ人間生活の生計に直結しない才能を考えつくというゲームを神様どうしが競い合った、その副産物なのかもしれない。巻き舌の他に泥団子作りも奏は達人レベルだった。  発音にやっと先生のオーケーが出て、歌えることになった。 「ここは男声だけなんです。ですから堂々と、びしっと決めてくださいよ。そしたらまあ、後なんかどうでもいい….…とは、さすがにならないけどね。そのくらいの気持ちでどうぞ」 「フロイデ!」  合唱の方は最初の発声練習の後は発音から発声から曲想から、一切合切ダメだしされながらの練習が続く。  アカリちゃんは部屋の後ろの壁際に陣取り、男声陣の意図せぬ不協和音混じりの重低音を物ともせずお絵かきに集中している。「おーたん」は彼女の様子が見られる一番後ろの席に座っていた。 「うんまあ、今日はこのくらいにしといてやるか」  やっと合格点が出た。「おーたん」のイゲボがたくさん聞けたからヨシとする。 「では、次。『ダイネツァオベル』から歌詞を読んでいきます。読みづらかったら最初は鉛筆でカタカナふってもいいですけどね。最後には消して原語で読めるように」 「ダイネ ツァオベル ビンデン ヴィーデル ヴァス ディー モーデ シュトレング ゲッタイルト」 (あなたの魔法が、時代に隔てられていたものを再び結びつける) 「アーレ メンシェン ウェルデン ブリューデル ヴォー ダイン ザンフテル フリューゲル ヴァイルト」 (あなたの優しい翼の元で憩えば、すべての人々は兄弟になる) 「『ゲッタイルド』『ヴァイルト』。最後のdやtは省略せずに言い切ってください。それがドイツ語と英語の違いです。語尾を曖昧にしたり省略したりせずにきちんと言いきるんですね」  ああ、ドイツ語。なんとなく思い出してきた。 「重くてダサいのがドイツ語。上州弁みたいなもんだいね」  集まった上州人が全員笑っている。そう言えば似てるかも(ホントかよ)  いよいよメロディと一緒に歌い出すと早速止められる。 「待って。『ダイネ ツァオベル』の『ダイネ』は『そうだいね』の『だいね』じゃないよ」  みんなこれには大笑い。 「上州弁じゃなくドイツ語っぽく発音して」  先生は毒のあるダメ出しや、ベートーヴェンに関する雑学(あと野球ネタ)でタイミング良く笑いをとりながら練習を進めていく。部活少年だった僕の吹奏楽部時代の顧問もこのくらい「ゆる系(?)」だったらもう少し音楽そのものを楽しめたかもしれない。僕はA君より上手だけどB君には負けるとか、あそこの高校にコンクールで勝ちたいとか。自分の狭いこだわりやつまらない自尊心を満たすためなどではなく、音楽とはもっと深くて豊かな、大きなモノだと気づけただろうか。  アカリちゃんが飽きてしまったのか、ホールに移動して休憩時間が終わると、「おーたん」親子はいなくなってしまっていた。  アカリちゃんとちょっとは友達になれたと思っていたので少しだけ寂しく感じた。

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