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星空の上にきっと神様はいらっしゃる……2
合唱団の受付横には七夕の笹が置かれている。蒸し暑さとゲリラ雷雨に閉口しているうちにそろそろ七月だ。
僕は自分で思ってた以上に、この合唱団の事が好きになりつつあると思う。
「藤崎さんも願い事書きませんか」
受付に座っていたチギラさんが、折り紙の短冊とサインペンを差し出した。見ると笹飾りには鎖や星、といった定番の飾りの他に先客の短冊が色々と飾ってある。
笹飾りなんて、僕自身の幼稚園時代以来かも……あ、唯人さんの店にディスプレイしてあって書いた事あった……また思い出して、切なくなってしまったけど。
それはともかく、僕は自分でも思った以上にこの合唱団のことが好きになりそうな気がする。
「願い事、ですか?この年で?」
「願い事に年なんか関係ないでしょう」
チギラさんはイケボを震わせて笑った。確かにそうだけど……急にいわれてもすぐ思いつかないや。
「皆さん何て書くんですか?第九の演奏会が成功しますように、とか?」
「そういう人もいますけど、個人的なこと書いてる人もいますよ。お孫さんが習い事の昇段試験に合格しますように、とか」
「他の人の参考にしたいんだけど個人情報とかありますかね?」
チギラさんは「藤崎さん面白い」とまた笑った。
「人目につくから皆さんそこは考えてるでしょう。無断でネットに流すとかしなきゃ平気ですよ。あははは」
「下ネタは禁止だで」
出た。斎木さん。
「書くわけないでしょう」
願い事かあ。
「唯人さんが戻って来ますように」
……なんて書けないよな。ライトなこと限定だろうな。目の前の短冊に「ハイAが出せますように」と角張った字で書いてある。テノールの人なんじゃないかな。
「パートを代わりたい、っていうのはどうですかね」
「斜め上行きますねえ。それは短冊じゃなくて先生か団長さんに相談した方が……」
チギラさんは一旦面白がってから
「って、え?どうかしたんですか?藤崎さん、テノールからバスに移りたいんですか?」
と、真面目な顔になった。
僕は頷いた。
「藤崎さん、テノール向いてそうなのに」
「……地声が高いからみんなそう言うけど」
いや、「みんな」と言ってもチギラさんで二人目だけどさ。小学生の子の「みんな持ってるから買って(実はクラスで三人くらい)」的な話の盛り方ってよくないよね。
「最初はわけわからないまま申し込んだんだけど、やっぱり高すぎて」
「ああ……そうだったんですか。でも、最初から高い音が出せる人なんていませんよ。テノールでいいような気もするけど」
「おいおい、テノールは男声の花形だんべや。軽薄のテノール、知性のバスってなあ」
斎木さんには聞いてないってば。つかそれ絶対、バスの人が言ったんだろ。
確かにオペラにおけるテノールは王子や若者役、ドン・ジョバンニやピンカートン(蝶々さん)などプレイボーイやダメ男役が多い……って聞いたんだけどさ(バスやバリトンもそこそこ悪役率が高いようだが)
「まだ入ったばかりじゃないですか」
チギラさんがなだめるように言う。
「入ったばかりだから今のうちに変わりたいんですよ。パート移ったらまた一から覚えなきゃならないし」
「それもそうですねえ」
「そうですよう。肩こりもひどくて」
「肩こり?マジですか」「うん」
低音楽器出身で、実人生でも縁の下の力持ちのさらに潤滑油的な立場で半世紀生きてきたせいか、ここぞ!という目立つパートを歌うとどうにも肩が凝る。イケメンはみんな肩こりと戦いながら頑張ってるのかな……
「高音楽器奏者が肩こり持ちが多いのは知ってるけど声までそうだとは知らなかった。低音楽器奏者は腰痛持ちが多いんだ」
「あはは、やっぱり藤崎さん面白い」
笑っていたチギラさんだが
「先生にちょっと聴いてもらいましょう」
と、急に立ち上がった。
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