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共に生きよう 3
すがにそれだけの人数が入れるとは思えない。
「急に決まった事なので、出席者が少ないんです。それにお子さんや色んな方の意見が聞きたいので」
「そういう事なら、こないだまで子どもだった奴でもいいですか?僕は独り者なんだけど、甥が今こっちに来てて」
「藤崎さんの甥御さん?会ってみたいです!」
「じゃあ聞いてみますね」
「藤崎さんは出席でいいですよね?なら、こないだ食べさせ損ねたボルシチにしようかな」
「本当?わあ、楽しみだ」
「俺、煮込み担当なんですよ。肉メインにしようと思って。誰も持って来そうにないし」
僕は爆笑した。
「だって、60代からは肉を食えっていうじゃないですか。若い人にも来て欲しいし」
「確かに確かに」
「コーヒーもつけますね。他にリクエストがあったら言ってください」と笑って電話を切った。
彼には以前、「今度お休みの日に来ませんか」と言われていたんだけど、きっと社交辞令だろうなと考えてしまって「じゃあ何日に」と気軽には言い出せなかった。
大人になればなるほど仕事を離れた親しい人間関係は作りづらくなるとよく言うが、それに輪をかけて僕自身が面倒くさい人間だ。
そんな面倒くさい僕に「ご家族もぜひ一緒に」なんて。チギラさん、なんていい人なんだ。
チギラさん効果で二つ返事で出席の返事をしたものの、次の日になると持ち前の社交不安が頭を持ち上げた。
知らない(大半は年上の)他人、もしくは顔を見知っている人たちだけの集まりに新参者として参加する。チギラさんは人気者の引っ張り凧だろうけど、僕はよくて壁の花か、たまたま隣の人との気まずい沈黙混じりのダダ滑りのトークで、40代最後の黒歴史を塗り替えるか。
どうせ黒歴史ならもっと黒くぬれ!
……なんて事、転石苔生さないロッカーもも灰色のバンドも、誰も歌ってなかったと思うけど。
知らない団員さんが家族連れで参加したら、知らない人の割合が格段にはね上がるーー僕はすっかり怖じ気付いてしまい、めまいと胃痛がした。かといって一度返事したのに手のひらを返して断るのはもっと度胸がいる。チギラさんにがっかりされたくなかった。
それに、あの素敵な空間とチギラさんの絶品の手料理とコーヒー……
不惑の年をとっくにすぎてもうすぐ天命を知る五十だってのに、僕は何をこんなに悩んでいるんだ。第九の結団式の時はもっと大勢の見知らぬ人達の中にたった一人でも平気だったのに。
いや、無人島での孤独より群衆の中の孤立の方がより孤独であるとか何とか、どこかの偉人が言っていたようないなかったような。
公式にアナウンスされた申し込みの締め切り日まで悶々として閃いた。そうだ!それこそ奏を誘えばいいじゃないか。チギラさんも「ぜひに」と言ってたじゃないか。
しかし奏は何といっても気が向かなかったら「水を飲ませるどころか、水辺に連れて行くことすらできない」男なのである。どう切り出したものか……とりあえず彼の機嫌のよさそうな時を見計らって「8月の※日、空いてる?」と聞いた。
「※日?」
奏はスマホの予定表を開いて見たようだ。
「空いてるけど……いきなりなんで?」
僕はあえて、改まった感じで居住まいを正した。
「これまで奏は講義も課題も就活もよく頑張ってきたと思う。気晴らしと暑気払いを兼ねて美味いものでも食べさせたいところだが、我が家には金がない」
「知ってるよ」
「山小屋風の元自宅カフェで子ども食堂をやろうと考えている人がメニューを試食して欲しいそうなんだ。ボルシチは好きだよな?」
僕はなるべく奏のイメージが湧き、興味を持たれそうなキーワードを目一杯詰め込んで答えを待った。
「……カレーとかビーフシチューの方が好きだけど。山の中なん?」
うん。感触としては悪くなさそう。
「いや、山小屋があるのは街中だ。実は、第九合唱団の新団員歓迎会を兼ねている」
知らない場所や人への拒否感は僕に負けず劣らず強いので「ナオ君一人で行って。俺はいいや」とあっさり断られる可能性の方が高い。「知らない人ばかりの中に一人で行きたくない」と泣きついたらしぶしぶ同行してくれるかもしれないが、叔父の沽券もあるのでできるだけ避けたい。
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