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共に生きよう 4
「面白い合唱団だな。飲み会か?」
お、意外にも食いついてきた。
「うまいコーヒーも出る」
「コーヒーは嫌い。ご飯つくのかって聞いてるの。あと、辛かったり変なスパイスとか嫌いな野菜が入ってたら食えない」
「ボルシチだから辛くはないだろう。あとはどうかな……」
チギラさんにご飯(またはパン)の有無はともかく、事前にレシピチェックしたら失礼かな……
「聞けたら聞いておくよ」
「じゃあそれ聞いてから決める。ただなん?」
「いや、材料費分をワリカンだそうだ。他にも先輩団員さんが色んな物を持ってきてくれるらしい」
「ヤミ鍋?」
「ヤミ鍋じゃない。社会人はヤミ鍋なんかしません」
いや、それはどうかな……
「僕の配達先のお得意さんでもあるんだ。面白い人でね」
「ふーん。コックさんなの?」
「いいや、絵の先生。途中まで音大生だったんだって。歌も上手くてね」
「へえ。すげえな」
念のためもう一押し。
「街中にポツンとある山小屋風の店なんだ。奏も昔、山小屋造って山賊の親分になりたいって行ってたじゃないか」
「いつの話だよ」
吹き出されてしまった。小学生の時は「海賊王」が夢だったから保育園児の頃だったか。
「それと確か、徒歩圏内にW電機の新店舗が」
「まじ?」
奏は目を輝かせたーーそこがツボだったか!
そして後から付け足すようにつけ加えた。
「……合唱団には入らないぞ」
今度は僕が吹き出した。そんなこと警戒していたのか。どれだけ歌うの嫌いなんだよ。
「入らなくていいよ。ご飯だけ食べて帰ってくればいい」
当てにされる事自体を気に病んで、できないことをぐずぐず気に病む僕と違って、奏は空気を読まずに断ってケロリとしている子なので心強い。
これで八割はプレゼン成功だな……ああ、この能力が職場で発揮できたなら定年まで正社員のままいられたのかも。
ーーそうか。僕もご飯だけ食べて帰って来ちゃえばいいんだ。それこそ影の薄い人種の特権じゃないか。
それにしても奏がいつも通りの奏なのは安心する。「普段通り」「人様並み」「相変わらず」ーーこれを毎日毎日、毎年毎年続けられる事がどれだけ幸せでどれだけ労力が要ることか。壊れず傷つかず、消耗もさせられず
そして、歓迎会の日ーー日曜の午後がやってきた。早めに来たつもりだったのに、ダイネ・ツァオベルの中の席は八割方埋まっていた。この猛暑日に敢えてビール片手の半裸で、テラス席に陣取る猛者も二、三人いる。
「ようっ、藤崎君っ。来たな。こっち空いてるぞっ」
しっかり斎木さん混ざってるし。
変人くらいの方が、表現者に向いてるって話を聞いた事があるが……僕は凡人で必要かつ十分です。はい。
あ、そう言えば名前覚えてくれてる。
ちなみに仕事の時に使う置き配ボックスはこのテラス席の隅に置いてある。
「こんにちは、藤崎さん」
手前のテーブル席に置かれた受付で会費を払い、空いた席に座る。僕に気づいたチギラさんが声を掛けてくれた。
「藤崎さん、いらっしゃい!」
僕に気づいてくれた藤崎さんのイケボがキッチンから飛ぶ。できればカウンター席に座ってチギラさんと話したかったが、彼は人気者なので近くは満杯だった。
出席者は老若男女合わせて30人ほど。
参加者は知らない人同士でも名前が覚えられるようにと練習時用のネームプレートをつけている。僕も自分のプレートをつけた。
「スナオ来たー!」
アカリちゃんは今日は、お客様たくさんで超ご機嫌だ。
子どもはアカリちゃんともうちょい年上のお姉ちゃんが二人。誰かのお子さんかお孫さんなのか。アカリちゃんは二人が没頭している小型ゲームを珍しそうにのぞいていたが、そのうちいつもの団員さん相手におしゃべりしたり、一人でお絵描きをしたりしている。せっかくだから子どもどうし遊べばいいのにとか、大きい子は小さい子の面倒を見てやれよ、とか思うのは昭和世代の発想なのかな。
畝川先生はいつもよりワンランク上のお洒落(?)で夏生地の作務衣を着ていて、一升瓶片手にテラス席の集団をイジっている。開始時間前から既に「村の飲み会」状態だ。
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