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共に生きよう 5
持ち寄り物も一切ノージャンルで買ってきた乾き物や貰い物のフルーツ、なんてのもあったが、先祖伝来の糠床で浸けたというレア物の糠漬け、チリコンカン、しゅうまい、自家製ピザなどなど。
でもまあ、チギラさんの予想通り炭水化物と野菜寄りかな。
参加者同士の簡単な自己紹介がひと通り終わった後(ガマの油冗談だったが頑張った!)チギラさん担当のメインディッシュが出てきた。メニューは鶏のカレー煮とマッシュポテトで、希望者にはご飯つき。これが美味しかったのなんの。
実は思い切って匂いしか知らない特製ボルシチの構成物を練習の日にチギラさんに聞いてみたところ、何かを察したのか逆に奏の好きなものや食べられない物を細かく聞かれた。
「アカリも好き嫌いが多い子なので。なるべく色んな子が食べられる物にしたいんです」
なんて言っていたがチギラさん、ものすごくいい人だ。奏にも食べさせてやりたかったよ……本当。
「どうも。こないだはお手柄だったね」
花田さんが僕にノンアルコールビールを注ぎに来る。下戸なのを覚えておいてくれて嬉しい。
「甥御さんがくるかもしれないって聞いてたんだけど」
「誘ってみたんですが、バイトを入れてしまったそうで」
条件の良さで決めたそうで、申し込みの締め切り前だったしまあ仕方ないと思ったんだけど。自転車でできる(唯人が置いてって僕があんまり乗ってないママチャリ)「配達系の美味しいバイト」らしいんだが。響きがなんだか怪しくないか?
本人に何度も念を押してみたが、ヤバいものを運ぶわけではないという事なので任せる事にした。
「それは残念。久しぶりに会いたかったなあ」
「今日は何人くらい新人の団員さんが来てるんですか?」
「20人くらいかな。半分以下だけど、急に決まった上には練習日でもないのに、集まった方じゃないかな」
「そうなんですね」
「女性は初対面の初心者どうし仲良くなるのが上手いけど、男性はこうやって酒でも飲みながらじゃないと駄目なようだね。
長年、夫婦で練習に来てる団員さんも多いってのに『今日は助かるわ。ありがとう』なんて奥さんが料理持たせて夫君をポイって預けていっちゃうんだよ。今日は託老所だね」
「あははは」
僕と唯人さんもそんな倦怠期みたいな老後が来たりしたのかなあーーいや、いかんいかん。
「あれー?ナオ君?」
キッチンからめちゃくちゃ聞き慣れた、素っ頓狂な声が聞こえた。
「奏?」
何故、ダイネ・ツァオベルのキッチンに君がいる?
奏は真っ赤に日に焼けた顔で汗をダラダラたらしていた。
「えっ、奏君が藤崎さんの甥御さん?」
チギラさんが驚いて、カウンターに駆け寄った彼と僕をかわるがわる見た。聞くと、バイトアプリではなくプラットフォームサービス用のSNSで「コーヒー用の湧水を旧・隣村の神社まで汲みに行って届ける」仕事を依頼したところ、応募して来たのが奏だったのだという。
「自転車で?」
僕は場所を聞いて驚いてしまった。確かに神社があるのは家のある方角だが、車でないと厳しい距離くらいは離れている。
「三時間もあれば行ってここ来れるんだよ。涼しいうちに行こうと思って朝早く出たんだけど、途中でパンクしちゃって。自転車押してホムセン寄って、キット買って直したりしてたから今の時間になっちゃった」
ポリタンクに20キロ分の水を前後にくくりつけて走ってたそうだが、そりゃそうなるわ!
しかも今日は薄曇りでガチの猛暑日ではないものの、日中の屋外作業は命がけレベルだ!
奏の説明がざっくり過ぎて、開けてびっくりブラックボックスなのは毎度の事だけど……そっち方向のヤバさだったか!
「大丈夫。スポドリと経口保水液めっちゃ持ってったし休み休み行ったから。ヘルメット暑くて邪魔だったなあ」
僕は気が遠くなった。中学の頃からママチャリで遠出したりしてたのは知ってたが……いつの間に身につけてたんだ、そんなサバイバル術。
「だって交通費、バス代換算で払ってくれてご飯がつくっていうんだもん。自転車で行ったら丸々浮くでしょ」
いやいやいや……
奏はカウンターの空いた席に座り、チギラさんのカレーチキンセットやら他の人から勧められた酒の肴やらを(好きな物だけ)ぱくついて幸せそうにしていた。
彼が力技で汲んできた湧水は絶品のサマーブレンドになって皆に振る舞われた。テーブル席では先輩団員さん達によるテーブルマジックに落語、と余興が始まり、僕も空いていたカウンター席に座った。
斎木さんが地元・上州に伝わる「小松姫」の講談を始めた。ダミ声の姫の台詞回しがなかなか味がある。
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